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2012年10月20日

’91『ヴァレンタイン・エレジー』

2008年2月14日(木) 00:00 ▼コメント(2)

 エージェントさまから「バレンタインエレジー面白かったです。当時の空気の色が出てましたね」とのコメントを頂戴しました。それがヒントになって、改題いたしました。旧題名は「2月14日のエレジー」です。(2/16 9:26)

 1991年作品です。もう17年も前にカキコしたものですけど、全然カワってないというか、進化していないというか。ただ、自分のことを「おれ」と表現しているのは極めてマレ。「おれなんかさ」とか自分で言うの、スッゴイ嫌いなんですよ。

 ただ、それだけのことなんですけどね。でも、紛れない17年前のワタシがココにいます。

 しかし、「チョコ」っていうとスッゴイ時代遅れな感じがしちゃいますね。もう、時代はすっかり「ショコラ」でございますよ。当然「シュー・ア・ラ・クレーム」ですし、「クレーム・ブリュレ」。「エクレア」って稲妻のことなんですけど、幼稚園の頃から知ってましたぁ、ワタシ。むかあしから、どーでもいーことばっかり、頭に入れていたんですね。

 しっかし、まだ義理チョコ全盛の時代でしたからね、当時。女性が自分のために買うとか男性までもがそうなるなんて、考えもつかないという。札幌・丸井今井さまで開かれた「サロン・デュ・ショコラ」なんて、客単価1万円ですって。当然義理チョコではなくて、自分や友達同士で楽しむために購入するわけでして。しかも行列してまで。



 『ヴァレンタイン・エレジー』


 いつもと同じように出勤して、おれの想像していた通りの事務所になっているのを確認した。意地の悪い目つきをして、鼻を「フン」と鳴らし、唇をゆがめて言ってみる。

「けっ、バレンタインってやつかい」

 おれは生命保険会社の新入社員だ。もう45日も過ぎればその肩書きもはずれてしまうが、まだルーキーだ。朝一番最初に部屋入りするのは、新人心得第一条だと思っているから、おれはそれを守っている。だから部屋には人影がない。

 朝一の部屋は本来気持ちがいい。初めての女と一発やった後の気分に通じるものがある。しかし今日は、いつもと違った雰囲気に満ち満ちている。どこか部屋が変なのだ。

 理由はハッキリしている。社員には一人一人に机があるが、そのうちの約2/3、それも男の机の上には色とりどりにラッピングされたチョコレートの入った箱が置いてあるのだ。昨日帰りに用意したのだろう。もちろん包みを開けたわけではないから、中身がチョコだと断定できはしない。けれどもこの日にそれ以外のものが用意されているなんて、考えるほうがどうかしている。

 一見華やかな包みも、よくよく見ればデパートやスーパーの「バレンタイン・フェア」なんていうコーナーの山積みされた、この時期にしか名前を目にしないようなメーカーの製品だ。確かめなくても容易に想像がつく。

 別にそれが悪いってわけじゃない。「職場の潤滑油になればいいのぉ」などと稚拙ながら殊勝な、しかしその実狡猾な、3月14日のお返しを期待してのプレゼントだということは、わかっているのだ。

 それでも心優しい男たちは、300円のチョコに対して1,000円のパンティを贈るのだ、嬉々として。こんなことで満足できるのだから、男はお人好しとしか言いようがない。

 意地悪な目つきのまま、そんなことを考えながら、おれは自分のデスクに向かう。ところが何故か、そこは昨日おれが退社したときそのままだ。

「な、ない」

 なんとおれの机の上には何も置かれていない。三つずつ向かい合わせにセットされたデスクの窓側の真ん中がおれの席だ。両端は女の席で、向かい側は全て男の席だ。その向かいには3個の包みがセットされているが、おれのところにはない。いすの上に目を走らせても、見当たらない。床に落ちてもいない。

 顔が徐々にこわばっていくのがわかる。部屋にお茶当番の女が入ってきた。いつまでも変な顔はしていられない。しかし、これは一体・・・。

 仕事中、不思議とバレンタインの話題はひとつもでなかった。もし、そうなろうものなら、おれは怒りで身体が震えたかもしれない。

 おれにだけチョコが与えられなかった理由を、昼休み煙草をくわえながらサ店(喫茶店)で考えてみた。

①単純にチョコを置き忘れた
②おれの存在が忘れられた
③おれのことを男だと思っていない
④おれを好きな女がいて、そいつに花を持たせるため
⑤盗まれた
⑥おれには義理チョコですら与えるべきではないと判断された

 手帳に全部書き、可能性の薄いものから消去する。まず、⑥。おれは花の独身でハンサムだ。そこらの男より所得も多い。事実モテる。次に⑤。あんなもの盗む馬鹿はいない。

 ②と③。おれは目立つし、男っぽい。残るは①と④だ。まず①だが、女は全員おれのことを気にかけているから、可能性は少ないはずだ。しかし、女は馬鹿だ。ありうる。しかし、そうはいっても本命は④だろう。

 冷静になって考えてみればコレしかない。ついにおれを巡る女たちの争いに決着がついたのだろう。美穂か桂子か。あゆみのバストも捨てがたい。

 おれは3本目のキャスターに火をつけると、こみ上げる笑いを抑えることができなかった。

 勤務時間終了を伝えるブザーが室内に低く響く。リラックスした空気が満ち始めるが、まだ社員は全員残っている。こんなところにいたら、女はおれに告白などできはしまい。しかし、じらすのも恋のテクニックだなどと悦にいっていると、まわりでは女たちがキャアキャア言っている。

 部長のはどんなのぉ、長谷川課長のわぁ、などと包みの中の品定めだ。自分たちで買ったくせに、何を考えているのかワカラない。

 一通り終わったようで、ハイミスの良美がおれのところにやってきた。思わず、ゲッ、と口にする。こいつはイヤだ。入社以来3べんも泣かされた。いじめるのは愛情の表現というがゴメンだ。こいつに愛の告白などされてたまるものか。

「マンゾーはどんなのもらったの」

 こいつはなにも知らされていないらしい。ついに女たちからも仲間ハズレにされたのだろう。

「いやあ、僕のところには何も置かれてませんでしたよ。ハハハハハハハ」
「あらそう、やっぱり。あんたには何もやりたくないって、みんな言ってたから。かわいそうだけど、自業自得ね。来年、また頑張れば。クックック」

 尻を振りながら、良美は行ってしまった。おれは独りになれる時を待ち続けた。独りになれば、美穂か桂子かあゆみがおれに告白するのだ。そうに決まっているのだ。

 そのうち、誰もいなくなった。おれは全然メゲなかった。急いで帰ることにした。凍えながら、美穂か桂子かあゆみが待っているハズだからだ。

   (了)

コメント(2件)

02-23 01:27
なぎ @bbexcite.jp
毎回拝見するたびに背景が変わってますね。

そもそも義理チョコっていつから発生したので
しょうね。学生の頃は片思いの彼にドキドキ
しながら送るためのものだったんですけどね。
このところのブームにはいささか戸惑いも
まります。なんか完全に乗せられてる気がして。

とはいえ、毎年会社の方に配っていたのですが、
とある方から「気を使わなくていいからね」と
言われ、義理が義務に変わってる自分が
いるのにも気づきましたわぁ。
なので、今年は簡素化。来年はもうどうしましょう。

・・・どうなんでしょうね、義理チョコって。
まぁそれも貰う人それぞれなんでしょうけどね。

17年前の萬造さまってこんな感じだったのですかぁ。




02-23 06:44
端野 萬造
>なぎさま
 「義理が義務」。なるほどね、でございます。実際は義理立てしなきゃならないような関係でもないのに、「気」を遣うあまりにその範囲が拡大してしまったものだから、結局なんだかワカんなくなってしまったという。「周囲に気を配り過ぎる」日本人の側面が「義理」チョコを促進させてしまったということですよね。でも確実に流れは変わっているようです。

 「友チョコ」の流れは完全に「マイチョコ」に向かい、男性自身も自分で買って食べるようになりつつある。日本でのヴァレンタインズディは「女性から愛を告白してもいい日」という今となってはワケのワカらない解釈が成り立ち。ま、変質していくのもムベなるかな、でしょうね。

 傲岸不遜自意識過剰自信過剰自己満足自分勝手は、現在のワタシも変わっておりません。人間の本質は変えられませんもの。ただ、それの出し方が変わるだけ。今よりもっと酷かったということでしょうね。
  


Posted by きむらまどか at 08:15Comments(0)創作・失われた街角

2012年10月01日

みそ味飯ずしに仰天/爆弾おにぎりのかしわや商店

2008年1月7日(月) 06:54 ▼コメント(11)

 お待たせいたしました、完成でございます。記事アゲ当初からブックマークしていただいた匿名の方に感謝申し上げます。ブザマな状態だったものですから、スタンドアロンにせざるを得なかったのですが、お陰さまで多くの方にご来訪いただきました。ありがとうございました。(1/9 23:12 記)





かしわや商店 ご注意!平成19年12月末閉店
 帯広市西1条南8丁目1 ℡0155-22-3392


参考記事
まめの日記:かしわや商店
まめの日記:いずし(飯鮨)


 メインは箱入り飯鮨。萬造スペシャル仕様というわけではありません。





 昨年末「まんぞうのへりくつ」につぶやきを載せましたところ、珍しく反響が巻き起こったのが深夜の爆弾おにぎりで著名だったかしわや商店のご主人がお亡くなりになった報告でした。

12-12 00:17 端野 萬造

No.723 (・∀・)
(前略)
 「ありがとうよぉ」の声に送られて店を後にしたのですが、十数歩足を進めて愕然としました。大きな「バクダンおむすび」で著名な「かしわや商店」の御主人が亡くなったことを知ったからです。

 競馬新聞と手造りおにぎりが名物のお店でした。深夜まで営業されていましてね。よくタクシードライバーが営業中立ち寄っていましたね。

 またひとつ、帯広の歴史が消えてしまうのかと思うと残念でなりません。

12-12 19:16 くしろう

No.725 (・∀・)
えっ・・・。
かしわやさん閉じてしまったんですか??

「バクダンおむすび」
1度だけ食べたことがあります。
夜営業している商店で、夜中におおきなおむすびを握ってくれる・・・他の町では見かけないお店なので、いつかブログで取り上げようと再訪の機会を狙っていましたが・・・。

帯広の夜の灯がまたひとつ消えてしまったようでとても残念です。


12-12 23:59 端野 萬造

No.726 (・∀・)
>>725 くしろうさま
 ふむ。閉店ではないかもしれません。でも、ワタシにとってはご主人とお店が一体の存在でありましたのでね。
(後略)




おにぎり価格表 大きいだけあって価格は高い でも深夜料金込みと考えればリーズナブル



ラップ開封前 真っ黒でまさに砲丸といってもよろしいでしょうね


とっびっ子 おにぎりでこの具材遣うのって極めて珍しいんじゃないでしょうか


 ちなみに画像の爆弾おにぎりとっびっ子は店内でいただきました。握りたてでございますから、当然ほかほか。これが嬉しいのですよね。どうかしますとね、大量発注があっていきなり行っても食べられないこともございましたでしょうね。ワタシがお伺いした別の日も運転代行業者さまから30個だったかな、50個だったかな、いずれにしてもご飯を追加で炊かなきゃ間にあわない状態でしたね。

 これから、皆さんコンビニでおにぎりを調達されるのかしら。誰がにぎったか、というか握ってないおむすびを食べる侘しさを考えるとかしわや商店さまのありがたみが理解できるってものです。

 この時代だからこそ、求められているものではないでしょうか。

12-13 00:57 雪。華。

No.729 (・∀・)
余裕を無くしてバタバタばさついていました。

 久しぶりに覗いて見たら、そんな………。かしわや、名前は全くアンテナが反応しませんが、寳來を出て間もなくの、大きいお握り??という事は、六花亭→美珍樓の通りの角の、あの小さい商店でしょうか。。

 噂は耳にしており、遅い(というか早いというか)時間帯にあの辺りにいる時は何となく通りすがり、あの灯りを見て何かを頂いていました。が、初めて実際に伺ったのは、半年前。こんな言い方は失礼ですが、あのご年齢で、あのお仕事時間。なのにしゃっきりとしたご様子。そんな時間にお握りをお願いするのを申し訳なく思いながら、ここなんだ…この方なんだ~と、いずれ写真など撮らせて頂いて一言記事に出来たらと思ったのでしたが。。

 おじさんに、せめてもう一度位、お握りをお願いしたかった。時間を‘いずれ'で流してしまった自分を悔やみます。

知らないままにならなくて良かった。萬造さんに感謝。


12-13 06:18 端野 萬造

No.730 (・∀・)
>>729 雪。華。さま
 かしわや商店さまのこと、御ココロに届いた様子でカキコした意味があったというものです。くしろうさまにもご反応いただきましたし。

 あすこのお店はいわゆるコンビニ以前から存在していたわけです。取扱商品に酒類は確かなかったハズですね。それでも存続できていた、ということにワタシはかしわや商店店主柏谷さまの人柄を思わないワケには参りません。

 夜中のなんとはなしに人恋しい時間帯、いつもかわらぬ笑顔でいてくださるご店主とおにぎり。そのことに救われたことのある方、思い入れのある方は少数でも確実にいらっしゃるのでは、ということでカキコした次第。

 ワタシにそうさせたのも、ご店主の人柄なのでしょうね。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
(後略)


12-14 01:31 雪。華。

No.731 (・∀・)
 そういえば、お握りを作って頂いている間に店内を探検しておりましたが。
 本当に商いをしておられるのか? もしや‘商店演出養成ディスプレイ’で実は非売品とか…?!
 と、取りあえず疑ってみたくなる、不思議な時空に投げ出されたような感覚に陥る品揃えでした(笑)。古めかしいものがあるわけでもなかった筈なのですが。新商品、販売戦略的ディスプレイとは、まず無縁。細々とした日常品が雑多(雑然ではなく)に存在していたような。。
 
 本当に、直接お話を伺ってみたかった。いずれ奥さまに‥…まぁまずは‘いずれ’禁止。。ですな。
(中略)
 かしわや商店のご主人のような昔気質の方々は、今何かの形で残さなければ、伝えていく事が不可能になるような焦燥感があります。


12-14 06:34 端野 萬造

No.732 (・∀・)
>>731 雪。華。さま
 うふふ。まさに生活必需品というべきものたちが並んでいたイメーヂ。それもね、あの人が買いに来るから揃えておかなきゃ、もありますし、夜中にこれを買いたいって方が意外といるんだよな、という顔が観えてる品揃え。

 必要とされるものを提供していないと小売店は続いていかない。その単純だけど厳然たる事実をかしわや商店さんは示されていました。
(後略)



この袋がまた雰囲気でございましょ 別の日にお持ち帰りいたしました



筋子を二つに割ってみました いくら、ではなくて筋子ってのが家庭風 お若い方ちゃんと区別つきますか?


裏側からも撮ってみました こんなの撮っておくのが端萬クオリティ 隙間から覗く白飯 ぼつんと残る米粒


 かしわや商店さまに最後にお伺いしたのが12月28日のことです。大雪になった前の晩ですね。まめっちさまがですね、ぽつんとおっしゃいました。「雪が降らないようにお父さん空で支えてくれているのと思うのよね」と。ご主人亡きあと、女性ばかりで店を切り盛りするのを慮ってのことではないかと。

 夜食になるか、朝食になるか、と思いながら持ち帰ったのが爆弾おにぎり筋子でございました。結局、朝方降りしきる雪を眺めながらの朝食となったのですが、冷えても旨い。塩味が一層感じられるところがいいのでしょうね。懐かしい味です。

 この画像を見るたびに、締め切り前のあの高揚感をワタシは思い出すのだろうな。あのときは嬉しかったんだよなぁ(←ほんと遠い目)。ドキドキすることもあったけど(←いや、あれはホントまいった)。

12-14 11:07 ピョン子

No.734 (・∀・)
お久しぶりにお邪魔します。
かしわや商店のおにぎり。釣られちゃいました(笑)
かれこれ12、3年前に一度?いや二度?食べたっきりですが、あの大きいおにぎり忘れません。握りたてを頂けるので本当に美味しかった♪ご主人亡くなられたのですね。知りませんでした。

なんでこんなお店(失礼)でおにぎり?なんて当時若かった私。ウソだと思いました(笑)
でも今の旦那様が、教えてくれて慣れた口調でおにぎりを注文!ちゃんと出てきたんですよ、おにぎりが。
いや~、ビックリしましたね。
ただの商店かと思いきや、”へぇ~”って感じでした。
懐かしいなぁ(*^_^*)
(後略)


12-15 01:05 雪。華。

No.735 (・∀・)
 今晩は。まず一つ訂正を。前回私がコメントさせて頂いた中で‘商店演出養成ディスプレイ’とありましたが、‘商店演出用ディスプレイ’の誤りです。予測から選ぶ際、一つずれたまま決定してしまったようです。失礼しました。

 かしわや商店ですが、‘あの人が買いに来るから揃えておかなきゃ’‘意外といる、夜中にこれを買いたいって方’。どんなモノを、どんな方が……
 何やら不思議な情緒がありますねぇ。半年前の私には、観えないものでした。もしお店は続けて下さるのなら、多少雰囲気は変わるにしても、ぜひ改めて度々お伺いしたいものです。違うものが視える時が楽しみ♪
(後略)

12-15 01:14 端野 萬造

No.736 (・∀・)
>>734 ピョン子さま
 おや、あなたまでカキコしてくださったのですね、バクダンおむすびに魅かれて。やっぱりアゲておいてよかったな。
(中略)
 ああ、なんだかおむすび食べたくなったな。ローソンにでも買いに行こうかしら。モスのライスバーガーも悪くないけれど。


12-15 02:01 端野 萬造

No.737 (・∀・)
>>735 雪。華。さま
 商店演出養成ディスプレイはなかなかユニークな表現であるな、と感心しておりましたのに。「大リーグボール養成ギプス」みたいで楽しいな、と。

 今の小売の主流は「いかに買わせるか」じゃないですか。必要あろうがなかろうが「買え、買え、さあ買え」。消費者の都合なんか実は考えてない。流通として生き残るためには、それが必要だと妄信している。

 でも本来は「必要なものを供給する、提案する」だと思うのですよね。消費者の顔が見えていないと商品揃えられませんよね。だからこそ、難しい。テキサスのMさま、お読みになってます?(笑)

 かしわや商店さまの品揃えがどのようになされていたのか、ワタシはご主人にお伺いしたわけではございませんけれど、そんな気がしたということです。
(後略)



 で、ワタシは寡聞にして存じ上げなかったのですが、ここ数年かしわや商店さまには独自取扱の新商品があったのですね。それが飯 鮨(いずし)。この表記ってのは珍しい。普通は「飯ずし」か「飯寿司」ですものね。いわゆる「すし漬」。もともと釣り好きのご主人が、自分の釣ってきた魚をどのようにして保存して食べるのが一番旨いか、の研究から始まった企画らしい。

 宣伝したわけでもないのに、じわじわ評判が拡がり人気商品に成長してしまったんですね。ひっそりとですけど。でも確実に需要があって、毎日着実に売れていっていたようで。



さんまみそ さんまの飯寿司ってだけでも珍しいのに、しかも味噌風味。帯広で味わえたのはかしわや商店謹製のし




さんまをひっくり返してみました 噛み締めますと、しっかりさんまの旨味と脂が感じられます そして、ほんのり味噌風味 じゃまになりません




さんまみそ全景 ところが常連さんはなんの躊躇も無く買っていくんですね、味がワカってますから 「さんま、みそねぇ」


 ワタシが買いに伺ったときも、夜のご商売の「ママさん」ですとか「チーママ」風の方々が次々来店されまして、一折、二折と買い求められていきました。お通しですとか、お土産用としての需要なんですって。だから、メイン画像のお寿司風パックが生きてくるのですね。


 実際、お寿司屋さんが樽で買い求められるケースもあったのだそうで。自分で作るのって、ほんと大変ですからね。

 ワタシが小学生の時分ですかね、母が毎年ハタハタを木箱で2箱購入してきましてね、大きな樽(当時は木製)で2箱、「すし漬」を作っていました。12月の頭の頃ですから、水はものすごく冷たいわけですよ。それで何度も何度もハタハタを洗いましてね。

 当時のフクハラ西5条店は24丁目に存在したのですが、ちゃんと魚屋さんが存在していました。店長さんが福原さまでしたから、恐らく創業一族の方だったのでしょう。ニチイさま(現ポスフール)がオープンする前にその店は閉店。フクハラさまはスクラップ&ビルドに当時から積極的に取り組んでいらっしゃったのを記憶しております。

 そのフクハラ西5条店でハタハタを仕入れることが出来なくなったのと、ハタハタ自体が獲れなくなって市場に出回らなくなったのと同じ頃でしたでしょうか、母はすし漬を作らなくなってしまいました。

 子どもの頃のワタシはすし漬の旨さがよくわからず、ひたすら焼いたハタハタとブリコ(ハタハタの卵)ばかりを喜んでつまんでいるばかりでして。今となっては味わえない母のすし漬。その面影を完全手造りのかしわや商店製飯鮨に追い求めているのかも知れません。


   飯鮨価格表


 これだけの種類があって、しかも味噌と塩(ノーマル)があって、一体何樽漬けるでしょう、って感じですよね。100樽以上ですよ。それが、毎年年前には完売してしまっていたという。




さけみそ どこが味噌なんぢゃい、と思われるでしょうが風味はしっかり味噌味なんですよ 色もかろうじてわかるくらい 匂いは区別つかなかったワタシ



さけみそ全景 下のしお画像と較べてくださいまし ちょっと黄色いでしょ


 ワタシもかしわや商店さまの飯鮨の存在知ったのはほんのひと月前のこと。「みそ味だぁ?」と半信半疑でノーマルの塩味と共に購入しました。でも興味津々でしてね。で、結果は「あら、結構イケルじゃない」。(←ショージくん風に)



さけしお全景 これが一般的なタイプ どなたでも慣れ親しんだお味



さけしおアップ 鮭の身が一杯入ってましてね 食べ飽きることがないという


 かしわや商店ご主人のワザは、しっかりまめっちさまに受け継がれました。またそのうち、なにかの形で触れることができる可能性が残された、ということです。


 最後の病床でほとんど意識を失っているにも関わらず、看護士に「かしわやさん」と呼びかけられたご主人は応えたといいます。「あいよっ」と。そのとき病室にいたすべての人は笑顔でうなずきあいました。「かしわやさんらしい」

 彼は最後の最後まで商 人であったということです。

 合掌。



目にされた方多いのではないでしょうか、この建物のこの感じ 昼の雰囲気とは全く違いましたね



かしわや商店店主の指定席 左手に見えるのが飯鮨の調理場 店主の裏側に奥があって、おにぎりはそこで作られました


この灯りにどれだけ多くの方々が癒されたのでしょうか そしてご主人の笑顔と


 1月8日に「かしわや商店」の看板は取り外されてしまいましたけれど、人々の記憶がこの記事で少しでも永らえることができれば幸いです。


コメント(11件)


01-10 00:17
まめっち
萬造さん、言葉に出来ません……。
本当に、本当に…心から感謝致します(^-^)
ありがとうございました…(;_;)

『あいよっ』
…そう言って、OKサインを指で示す姿…トレードマークでしたから(笑)
あの歳で“ブイ”サインでは無くて“OK”ってとこが、意外と若作りで笑える日々でした(^-^)

アンチインターネットだった人ですが、胸を張って自慢してやります。『見たか父ちゃん、ネットを馬鹿にするなよっ!(笑)』…と。

お忙しい中…私や皆さんの気持ちを汲んで下さり、いくら感謝しても足りない程です(;▽;)

また私の“まめの日記”にも、是非遊びに来て下さいね(^-^)




01-10 05:39
端野 萬造
>まめっちさま
 ま、ご縁としか申し上げようがありません。ワタシ自体、それほど深くお店と関わっていたわけでありません。おにぎりひとつとっても、全然よくワカっておりませんでしたからね。

 ただ、こうやって記事にしてみますと意外にまとまってます。ひとりでしたら絶対に無理でしたでしょうね。あなたですら、なんで萬造はこんなこと知ってんだろ、ということもあるはずです。

 全てはお父さまに導かれたのでしょう。

 一体この記事どうやって終わるのだろう、と不安に思っていましたが、なんとか無事終了させていただきました。

 ラストはホント、最後の最後で思いつきました。自分でも気に入っております。達成感ありましたので、成功したということでしょう。

 確かにネットの可能性というものをお父さまにもご理解いただけたのではないでしょうか。それを多くの「若い方」にもご理解いただきたいのですけれど。






01-10 12:56
おさるのかぐや彩優木
なんでしょうね。
ごめんなさい、私結局一度も「かしわや」様に訪問する機会に恵まれなかったのですが、この記事読んだら自然と涙が出そうになりました。

かしわや様を知らなくても充分お店の暖かさが伝わってきました。きっと一度でも伺っていたらなおさらでしょう。

まめっちさんもこれだけ愛されていたお父様を持っていらっしゃること凄く素敵で幸せな事ですね。
これからのご活躍も期待しております。

またまたあったかくて素敵な記事をありがとうです。




01-10 23:12
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 とても嬉しい感想です。おそらくあなたはこの記事との共通点にお気づきになったのかもしれません。

http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&blog_code=152

 実はかしわや商店のご主人と「経営相談端野萬造」のモデルになった床屋のご主人はご近所さんでしかも釣り友達。多分今頃は二人で相談してますよ。「次どこいこう」

 帯広の街中から、こういった人間味のある方がすこしづつ失われていっています。中心市街地活性化について各種取組がなされていますが、実効があがっていないとしたら、こういった部分に問題があることに気が付けていないのですよ。

 ハードからソフト重視に転換しつつあるようですけど、不十分なんです。ポイントは人、住民。そこに手をつけないうちは無理でしょうね。ワタシはそう思ってみています。






01-12 18:49
くしろう
記事、完成しましたね。
一度コメントがふっ飛んでしまったので改めて。

年末、閉店の報を聞き、店の横を通るたび少し寂しい気持ちになって、何度か訪問を試みましたが、タイミング悪く果たせませんでした。

店を営業していると様々な物語があると思いますが、萬造さんの記事からかしわやさんが店を閉めるまでの経過を知ることができ、たった1度の訪問では踏み入ることの出来なかった、何やら深く、温かい想いに垣間ではありますが、触れることができた気がします。

今の時代にこそ、かしわやさんのおにぎりや飯寿司のような〝温もり〟こそが必要とされると思いますし、閉店はとても残念ですが、記事から知りえた物語で、店の横も少し温かい気持ちで通れそうです。


ひとまずはお疲れさまでした。

あのおにぎりも、もうあの場所で食べれないんですねぇ。




01-12 20:47
端野 萬造
>くしろうさま
 貴殿のレスのお陰でこの記事が誕生ました。ワタシのつぶやきだけでは、ここまでの拡がりにはなりえなかった。感謝しています。ありがとうございました。

 もちろん、この件についてへりくつにカキコしていただいた雪。華。さま、ピョン子さま。記事にコメントしていただいた、まめっちさま、おさるのかぐや彩優木さま。それぞれの持ち味を生かしてご参加していただいて、この記事ができあがっている。皆さまにも感謝。

 そして、こちらに登場してはいませんけれど、お二人ほどの協力をいただいている。そのインタビューの結果が記事に深みを与えてくれました。それにも感謝しなければなりません。

 そして、いつもながら妙な記事のアゲ方にも関わらず辛抱強く待ってくださった読者の皆さま。その支えがあったればこその記事の完成です。そういった成り立ちの記事はまさに端萬記ならでは、と自負しております。
(続く)




01-12 20:53
端野 萬造
(続き)
 どんなお店でも人が存在する限り、ドラマは起こるものだと思います。たとえ、自動販売機であったとしても、人がその前に立てばドラマはある。外見上ワカらなくても、そこに立つまでの間に必ずなにか起こっている。

 色々な偶然が重なって、たまたまかしわや商店さまが記事になりましたけれど、どのお店にも数多のストーリーが展開されていったのでしょう。大型店でももちろんストーリーは存在している。でも、個性的かどうか、という意味では寂しさを禁じえない結果となるでしょうね。

 閉店によって、もう、あのぬくもりを感じることはできなくなってしまったのです。その悲しみ、喪失感はこれから一層人々の胸を打つことになるのでしょうね。






01-16 03:55
まめっち
こんばんは(^-^)
昨日15日で、45年間使い続けて来た電話番号、22-3392も止まりました。掛けるとアナウンスで自宅の番号が出ます(笑)私の携帯番号でも良かったのですが…一応、自宅に。

来年の飯鮨の注文が来ていますが、来年からは『販売する店』が無いので、私を知る人にのみ…ご希望にそえられる数だけ、細々と作り続けるつもりです(^-^)
父の味は絶やさず、必ず引き継ぎます(^-^)
味噌味は、幻の味ですから(笑)

私が別サイトで書いてるブログ(父ちゃんからの不思議シリーズ)は、何だかすごい反響で…書いてる本人の私がビックリおったまげです(笑)
お時間がある時に、またチラ見に来て下さいね(^-^)

今更ながらに、父が他界した事実が…嘘に思えて来ました(汗)
現実逃避はいけませんね(汗)
はい、頑張ります(笑)

萬造さんはじめ、たくさんの皆様に…心から感謝します(^-^)ありがとうございました(^-^)




01-16 06:30
端野 萬造
>まめっちさま
 父ちゃんからの不思議シリーズは意外なほどにネタが尽きませんね。他人のワタシからしても気味が悪いというよりも、「かしわやさん、よくやりますね」と声を掛けたくなるような。

 そうですか。どのようなカタチにしろ、あの飯鮨は残っていくのですね。それは良かった。ご希望に添えられる数か。そのうち数量限定になりますから。

 爆弾おにぎりの誕生が天からの啓示であったとは。

 午前10時から翌午前3時までの営業。たしかにコンビに以前にコンビニをやっていたことになりますね。色んなエピソードがあるのだなぁ、かしわや商店には。

 お父さまはずうっと見守ってくださってますよ。あなたが忘れない限り。






01-26 20:45
しょうぞう。
2階のお店でダーツをしていてお腹がすいたら階段駆け下りておにぎり買いに行ったこと何度かありました。
握りたてっておいしいですよねぇ。
コンビニレンチンとはぜんぜん違う感じ。
残念!
ご冥福をお祈りいたします。




01-26 22:04
端野 萬造
>しょうぞう。さま
 ああ、そうでしたね。貴殿のメインのお店の階下といってもいいような場所。階段降りてすぐ、みたいな。でも、買い食いOKのお店なんですね。はは。

 あそこに行けば、あのおむすびが買える、食べられる、という安心感があるっていうのはとても素敵なことで大切なことなんでしたでしょうけど。

 なくなってから、余計痛切に感じることができるものでしょうね。
  


Posted by きむらまどか at 05:53Comments(0)創作・失われた街角

2012年09月22日

平成元年のキープ男

2007年12月24日(月) 04:44 ▼コメント(3)

 2日も経つのに93hit。見事に冷淡な扱われ方。もう登録ユーザー層が入れ替わってしまって、「端野萬造?WHO ?」なんだろうな(笑)。('07/12/26)


 まぁ、なんとなくこっそり記事アゲときますので、お好きな方はドウゾご覧になってくださいましね、というファンサービスです。



コミュニティアイ12月号表紙



 さてこの創作は1989年、タウン誌コミュニティアイ12月号に掲載されたものです。当然筆者はワタシ。今回アゲるにあたって、原文を一部改変してあります。ですが、あくまで時代背景は平成元年。携帯電話などはほとんど普及しておりませんでした。


 ヒロインの名前を「麻子」としているのは名作トレンディドラマ「抱きしめたい!」 に出演したW浅野(浅野ゆう子、浅野温子)のうち、浅野温子さま演じる「池内麻子」から。麻子に憧れる歳下の男性(ドラマでは「山下純(本木雅弘さま)」)を端野萬造にしておりますが、これは今回変えた次第。

 後半に一見噛みあわない会話の遣り取りがございますけれど。まさに会話の気分を表現している、とお考えください。ワタシ自身はこの部分に非常に強い愛着を感じております。

 また、本記事の掲載画像に1987年作品「私をスキーにつれてって」のDVDパッケージ等を引用しているのは、実は意味がありまして。今回の創作の元ネタを萬造は実体験しているワケなんですが、その女性の部屋を訪れた際('88)に彼女の部屋のTVに映っていた(当然DVDではなく、ビデオでもなく北海道文化放送)のが「私をスキー・・・」だったのですね。

 この映画、主演の原田知世のお姉さん原田貴和子さまも出演されています。ワタシ的には知世さまより圧倒的に貴和子さまが好きですね。







 受話器を左手に握ってから、三秒ほどためらった。本当は電話なんかしないのが良いに決まっている。だって、麻子さんに弱みを見せてしまうことになるのだから。彼女を付け上がらせてしまう。

 分かってはいるんだ。恋愛に駆け引きがあるなら、相手の誘いに乗ってしまうことは負けを意味する。それでも僕の右手人差し指は慣れた番号を押してしまった。

 呼び出し音が耳元で響く。「いなきゃいいのに」と思う。でも「会いたい」という気持ちが強い。時計は午後九時半を示している。

「もしもおし、佐賀です」
 麻子さんが出た。彼女の第一声は大抵不機嫌そうに聞こえる。これにひるんではいけない。相手の反応をうかがっているのだから。


「あ。端野です。遅くに申し訳ありません」
 麻子さんは僕の歳上で職場の同僚。とりあえず最初は、へりくだった言い方をすることにしている。それが最低限の礼儀ってものだろう。全然抵抗はなかった。


「ああら、まんぞう(萬造)クンじゃない。イヴのこんな時間にどうしたのお」
「あ、いえ。外に出ないかなって思って、電話したんですけど」
「えー、こんな時間から」
「そうですよね、もう遅いですよね」
「別にいいけどさぁ」

 ばかやろう、ばかやろうと僕はココロの中でののしった。クリスマス・イヴにどこかに遊びに行こうと誘ったのは、どこのどいつだ。「彼が札幌に出張だから、イヴは一人なの」なんて勝手なことを言う女性にプレゼントまで用意した僕は一体何なんだ。えっ、教えてもらいたいものですね。

 それでも結局僕は麻子さんを迎えにいくことにした。惚れてしまった男の弱みってやつだろう。アーガイルのセーターを脱いで、レジメンタル・タイを選んだ。

 エアコンからやっと温風が吹き出し始めた頃、クルマは麻子さんのマンションに着いた。両手はまだかじかんでいる。寒がりの彼女のために、エアコンのボリュームを最大にした。

 麻子さんの部屋の前に立つ。ああ、この部屋で一晩明かしたこともあるのに、なぜ僕はキープのままなんだろう。ブラックの皮コートのポケットにはプレゼントが用意してあった。西洋床シンヤシキでラッピングしてもらったものだ。ドア・フォンを一度だけ鳴らす。「はーい」と彼女はすぐにドアを半分開け顔を出す。偶然かわざとか、(山下)達郎の「クリスマス・イブ」が部屋から流れてきた。

「寒いから、中で待ってて」
「はい。お邪魔いたしまーす」

 コートのまま上がりこむ。ファン・ヒーターの前にあぐらをかいて、手を温めた。麻子さんは寝室でなにごとかしている。気になったけど、声をかけることさえできない気がしていた。

 ステディな関係なら「何してンの」と覗くことも出来るだろう。でも「キープ男」の僕はなんというか微妙な状態。どうせ付き合っていないわけだから、逆に何したっていいような気もする。でも「もしかしたら」なんて淡い期待もあったりするから下手なことはやっぱりできない。ここの判断は難しい。悩んでしまう。こんな煮え切らない態度がキープに留まっている原因なんだろうか。

 五分待たせてから、「ごめんね。どこに連れて行ってくれるの?」という麻子さんに「はい、これ」と赤い紙包みを差し出した。
「ありがとう。まんちゃん、いつも用意いいんだからあ」
「まあ、クリスマスですからね」
「私なんかに渡さないで、恋人にアゲられるようになんなさいよ」
「・・・そうですね」

 似たような会話が何度、二人の間で繰り返されたのだろう。麻子さんは僕の想いを知っているんだ。「私なんか歳上だし」という理由で始めの頃はかわされていた。そんなものかなあ、と遠慮しているうちに彼女は僕よりひとつ下のやつと付き合い始めた。

「どういうことなんですか」とたずねると、「だって、かわいいンだもん」と言われてしまって馬鹿らしくなる。それでも他の女の子と遊んでいると「二兎追うものは一兎をも得ず」だとか「まんちゃんといるのが一番楽しい」なんて言葉であきらめかけた気持ちをぐらつかせる。早い話がもてあそばれているのだろう。

 挙句の果てがイヴの晩をキープ君として麻子さんと過ごす破目になっている。情けない。でも、その立場を楽しんでしまっている部分があるのも確かで。

 野村ビル(西2南11)6階「銀座すえひろ」で夜景を眺めながら、麻子さんとシャンパンをあけた。恋人でもない、友人でもない二人が大切な時をとりとめもない会話で費やしている。


「端野君はね、本当の恋愛をしたことが無いのよ」
「僕は史上最高のキープ男だ」
「もっとお金がほしーい」
「男を次から次へと変えるのが、楽しい恋愛なの?」
「アタマ悪い男のコは、顔が良くっても駄目」
「ちぇー、どうして僕ってモテないのかな」
「私、ちゃんと結婚できるかしら」
「麻子ちゃんのこと、本当に好きなのに」
「雪が降ってきたよ」
「ホワイト・クリスマスだね」

 もう人通りも少なくなった西2条を腕を組んで歩いた。二人ともとても上機嫌なのが不思議といえば不思議だった。「あー、明日も仕事なんだなー」とブルーになっていると麻子さんが突然立ち止まった。

「あ、まんちゃん、私送ってもらえるのよね」
「そのつもりですけど」
「良かった。ちょっと用意しているものがあるの」

 もしや、寝室でなにかしていたのに関係があるのだろうか。僕は脳天気な期待で急に胸を躍らせながらクルマを走らせる。38号線が輝いて見えた。

 その結果がどのようなものであったか、それはここには書かない。それが平成キープ男のせめてものダンディズムだろうから。

(了)



 この作品、最初の時もとある女性に向けてカキコしたのですけれど、感想は寄せられませんでした。読んでもいただけていない可能性が高い。18年ぶりに復活させても状況はカワラないでしょうね。マイとかちの存在も伝えてるんだけど、ツレないんだよなぁ(苦笑)




コメント(3件)


2007-12-31
おさるのかぐや彩優木
くすっ。とある女性ではありませんがご挨拶がてら。

原田貴和子様、素敵でしたよね。
女性から見ても品があるというか、艶っぽさがありましたよね。
もちろん知世ちゃんも可愛かったですけどね。
(知世ちゃんバージョンのダンデライオン好きです)

ん?結果気になるんですけど?おあずけなのかな。
女から見ると、この麻子さんはいけ好かないタイプなのですが、こーゆー感じの女の人がもてはやされた時代なんでしょうかねぇ?

あー一度だけ私もクリスマスに哀しい思いしたことありました。
わざわざ好きな人の家までプレゼント持っていって、勇気出して「好きな人はいますか?」って聞いたんです。
そしたら「僕はみんなの恋人で誰の物でもないから」とかとんでもない返事が返ってきて一気に冷めちゃった。

なんでこんな奴好きになったんだろうと後悔しましたね。見る目無かったな私(笑)


2007-12-31
おさるのかぐや彩優木
あらまー、調子に乗ってたら本題に入る前に字数足りなくなっちゃった。

今年もいろんな興味深く面白い記事、タメになる記事、美味しそうな記事、ハイクオリティなレベルで書いて下さりありがとうございました。

途中いろいろ大変な時期もあったようですが、こうやってポツポツでも記事を読めるシアワセを痛感しております。
モンスターのように成長してしまった萬造記(昨日も2215って凄いッスねw)ですが
これからも楽しみにしています。

いろいろアドバイス下さったことも本当に感謝しています。心からありがとうございます。

もうすぐ2007年も終わりですね。
2008年が萬造様にとっても素晴らしい新たな幕開けの年となりますように。良いお年を。


2007-12-31
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 いやー、「僕はみんなの恋人」には爆笑させていただきました。クリスマスにプレゼントまで持っていかれるほどのお好きだったのに、妙に納得されずに冷めることができた、当時の彩優木さまに敬意を表します。

 とある女性、やはり未だ連絡ありません。でもね、きっと年賀状受け取ったら仰天してメールくると思うんだよね。ははは。

 貴和子さまの台詞「女26、色々あるわ」にぐっときたものでございますよ。あれに較べたら、知世ちゃんなんか、子ども、子ども。

 モンスターかどうかは別にしましてね、今年のアクセス数の成長は、マイとかちの「節度なき」膨張によるものでしょうね。そう見てます。努力以前の問題。だって、アク数と記事のレベルって連動してると思います? ・・・ということですわぁ。

 お気遣いに感謝しております。あなたにとって素敵な一年になることを祈念して。ありがとう。よいお歳を。
  


Posted by きむらまどか at 10:18Comments(0)創作・失われた街角

2012年07月28日

‘88『夢プラザ』(イベントスペース)

2007年9月3日(月) 06:00 ▼コメント(31)

クリスタル夢プラザ
 帯広市愛国町基線42(国道236号線沿い、旧愛国駅近く)
 オープン 1988.4.30.6:00PM クローズ 不明(いつのまにか)

 これはねぇ、結構長いこと廃墟のように建っておりましたけれど。印象というか記憶に残ってらっしゃる方は少ないのではないかと。「あれは一体なんだったの?」という感じかな。

 株式会社夢十勝、というところが運営していたんですけど実態はよくワカリません。地場大手建設会社が主体となって、政治家も絡んでいました。名前を出せば、「へぇ」といったところ。

 建物に思い入れがないものですから、「ただ書いた」というおざなりな作品ですねぇ。久し振りに読み直しましたけど、酷い。でも手を入れる気にもなりまへん。

 メイン画像はオープン当時の勇姿。雑誌広告からの転記でございます。会社は残ってませんから、電話なんかしないように。





 お気に入りの86年型フォルクスワーゲン・ゴルフを、広尾方向に走らせる。スピードメーターは控えめ表示。右足をいつものように踏み込めない。目的地に近づくこと、躊躇しているのか。

 今日は早起きまでして、ワックスをかけた。久々だ。紺色のボディーに初秋の陽光が降り注ぐ。深みある輝きは、いつもなら気分を高揚させてくれるだろう。なのにボクは落ち着かない気分のまま、ステアリングを握っている。

 少しでも気分を盛り上げようと、天井のハンドルに手を掛ける。手動のサンルーフを開けるためだ。左手でハンドルを回す。徐々に日差しがゴルフの室内に溢れ、夕刻の涼しい風が頬をなでる。それでも、今日何度目かのため息が口から漏れる。

(しばらくサンルーフは左手で開けないとな)

 去年なら、助手席に佑香がいて、「開けてあげる」と、ボクの手を押さえてくれた。佑香の白い指が甲に触れるたび、全身に心地よい感覚が駆け巡った。それは最初のデートの時から変わらなかった。

 今日は佑香の結婚式だ。案内状が7月20日に届いて以来、佑香から何度か電話があったけれど、一度も話はできなかった。仕事で帰りが遅かったし、ボクからは掛け直す気になれなかったせいだ。

 案内状の返事は「出席」にして、直ぐ出した。他に予定があれば、そちらを優先させただろう。何もないのに出席せず、鬱々と酒を飲んで時間を過ごすくらいなら、佑香の晴れやかな姿を眺めるほうが後悔の度合いが少ない。そう判断した。男として、人間として。

 ガラスで覆われたピラミッドが、愛国駅近くに完成したことは知っていた。国道236号を南下するたびに、眼を引かれた。建築中から周囲の風景に溶けこめず、異彩を放っていた。中途半端な大きさゆえ、存在感で圧倒することもできず、ピラミッドは明らかに戸惑っていた。

 ピラミッドに「夢プラザ」と名称がつけられて、存在を世間が認知するようになっても、戸惑いに変化はない。むしろ、度合いが酷くなった。イベントスペースというか、セレモニースペースというか。何ができる場所なのかよくわからない。そこで、佑香は結婚式をするという。

 夕陽に照らされて挙式が始まる。星空を背景にライトアップされたクリスタルなピラミッド。これがクライマックス。これを称してスターライトブライダルピラミッドパワーが、二人の幸せに貢献するのかも。

 ゴルフはもう、「夢プラザ」目前のところまで、来てしまった。

(やっぱり、来るんじゃなかったかな)

 最初のデートはボクが誘った。映画「ラストエンペラー」を観て、二人で打ちのめされた。映画の話題で盛り上がりながら、十勝ヶ丘までドライブ。夜風と星空が欲しくて、ルーフを開けようとした時に、佑香が助けてくれた。いいコだな、と単純に感動した。ハンドルを握り締めたまま、「どうやるの?」と聞いてきた佑香が、また佑香らしかった。

 その日にすぐキスをしたけれど、別に付き合う気はなかった。キスくらい誰とでもしていたし、思い入れは全然なかった。それが日常だった。佑香にとってどうであるのかは、考えていなかった。

 当然、いいコの佑香は、誰とでもキスするような器用さを持ち合わせてはいなかったし、そんなことはすべきじゃない、と考える真っ当な女性だった。
 デートを重ねるたびに、ボクは佑香に惹かれていったけれど、ボクのしていることを知る毎に佑香は辛くなっていったんだと思う。そのうち、デートに応じてくれなくなって、関係は消えてしまった。



 それから、半年。ボクは誰とも付き合っていない。
 逃した魚は、往々にして大きい。後悔し続けるのは嫌なものだ。「卒業」のダスティン・ホフマンを気取ってみようか。
 結婚式の最中に「ゆうかー」と叫んで、会場に乱入。新郎と神父を殴りつけ、これまた新婦佑香の腕をつかんで外に連れだし、紺色ゴルフで何処へ。両家親族友人入り乱れ右往左往。やがてだれかが110番。道警に誘拐犯と手配され、逮捕。裁判で五年の実刑をくらうが、佑香は黄色いハンカチを家にくくりつけて、ボクの出所を待つ。

 なんてことを像しながら、指輪の交換をする主演男優と女優を眺めている。無論、誰も殴るつもりはない。そんな、度胸も根性も持ち合わせてはいない。

                 (了)


コメント(31件)


2007-09-03
おさるのかぐや彩優木
ありましたね、夢プラザ。
ほんと出来たときは鳴り物入り?でもほんといつのまにかなくなっていましたね。
私も結局遠巻きに眺めるだけで、結局一度も足を踏み入れないまま終わってしまいました。

昔付き合っていた人の結婚式に出るのってよくあるシュチュエーションですが、実際はどんな気持なんでしょうね?
考えてみたら、私は呼んでも呼ばれてもいないなぁ。
あえてではなく、たまたまその時住んでる場所が違ったり、タイミングがあわなかったりしただけですけどね。
多分、別れてからの時間とか感情によって生々しさも変わってくるんでしょうけどね(笑)

私の先輩でとってもモテる女性がいるんですけど
彼女の結婚式には、「過去の男性」ってカテゴリでひとテーブル埋まっちゃうねって笑い話をしたことがあります。現実にそんなの作ったらかなり怖いけどねww






2007-09-03
ピョン子
夢プラザっていう名前が付いていたんですね・・・。
それすら知らなかった。
何を目的に作られたものなのでしょうね~。私も彩優木さん同様一度も足を踏みれる事なく消えて行きました。

結婚式ね~、私は元カレ呼びました。
来て欲しいような、来て欲しくないようなちょっとした掛け気分で。来たら私の晴れ姿を見せつけよう!!来なかったらまだ私に未練があるんじゃないかと。
お分かりの通り思いっきり未練があったのは私の方でしたが。笑

今思えばどうでもいいくっだらない事なんですが、まあ良い思い出として残っています。
「卒業」憧れました(*^_^*)






2007-09-03
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
初めまして♪萬造さんフとした縁で、まんぞうさんの記事に遭遇しました。…で過去の記事も密かに (・_| 読ませていただいてるうちに…ん~。ウズウズ→何虫?とうとうカキコしちゃうことに… >あの~。夢プラザってセイ〇ーマートの近くに建ってたアレの事ですか?その後の小説?も読み覚えがあるんですけど(*_*)   確か、田舎の同級生とかの結婚式なら元カノ元カレでも出席は有りだろうけど…なんて事を考えながら読んだ様な…「卒業」のシーンは憧れでしたねぇ。 このあと、どうなって行くのかなぁ…なんて考えちゃう夢のない子でもありましたが ?アレ…?まんぞうさんて、小説も書かれるんですね!!!    尊敬 ('◇')ゞ   未だにあんまり十勝の事(人も含めて)解ってないので…修行させていただきます!!!長々とお邪魔しましてスミマセン。
オイスィ~話も、心待ちにしていますれば♪




2007-09-04
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 結局ワタシも訪れたのは一度だけですね。入館料を払って、地下になにか展示されていたのですよ。記憶に残っているのは、期間限定展示の「月の石」。

 あれは本物だったのだろうか。それすら疑問です。

 ワタシ、コウ申し上げるのも妙ですけど、ちゃあんとお付き合いした方の結婚式に出たことございませんね。大体において、ちゃぁんとお付き合いしたことが片手、いや指三本で済む。

 そりゃあ、デートは両手で足りないくらいの方とはしましたし、やってることはほとんど同じ、というケースもあったんですけどねぇ。

 「ワタシの」意識としてはオツキアイしてはいなかった、と。

 そんなワケで、ワタシも「昔つきあって人の結婚式に出る」ってシチュエーションは未体験でございます。今呼ばれても、懐かしいというよりは「今更なんで?」でしょうね。

 「過去の男性」ってカテゴリーは結構楽しい想像ですね。「あいつはねぇ、ココがいまいちだったのよね」とか言われんの、嫌だなぁ(笑)。




2007-09-04
端野 萬造
>ピョン子さま
 名称が定着する前に消えてしまいましたからねぇ。ワタシも全然自信ございませんでね。「クリスタルプラザ」とか「夢クリスタル」とか。運営会社名の「夢十勝」ってイメーヂが結構多いかも、です。

 基本的にはイベント会場なんでしょうねぇ。ちなみに『スターライトブライダル』の内容を当時の広告から紹介しましょう。

①時間 6:00~9:00PM
②入場人員 100名
③セレモニー(夢プラザオリジナル) 基本料金10万円 衣装・着付・美粧・ブーケ・音響・証明書(笑)・写真(B5サイズ3枚) 牧師代別途2万5千円
④パーティー(立食式) 会場費2時間3万円 料理(お一人様 千円、2千円、3千円)
⑤司会 1万5千円
⑥申し込み 挙式2週間前まで

 元カレを呼んでしまった自分の未練。うふふ。カミングアウトしてしてしまいましたね。そう認識できていただけ、健全なんでしょうね。

 で、元カレさまはお見えになりましたぁ?

 「卒業」かぁ。ワタシも「ダスティン・ホフマンになれなっかたよ」のクチでございますねぇ。




2007-09-04
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 また、携帯からこのような長文を。大変でしたでしょう。ワタシなら、イライラして、とってもできません。ありがとうございますぅ。

 そう、こういった出会いをワタシ求めてますんで、時折マイとかちTOPとブログTOPに掲載させていただく意味があるなぁ、と。

 何虫を起こしてしまったんでしょうか。

 ご指摘の通り、現在焼鳥弁当で有名な店の近くに建っていたソレでございます。創作も現在休刊中のタウン誌「コミュニティアイ」に掲載したもの。

 確かにあのお二人はその後どうされたのでしょうか。とりあえず、着替え買わなきゃ、みたいな。家に取りに戻れないし、みたいな。

 これからも記事はなかなかアガらないとは思いますが、掲示板「まんぞうのへりくつ」ではぼそぼそ続ける予定ですので、ソチラにも遊びにお見えになってくださいませ。

 ご縁て、大切にいたしませんとねぇ。




2007-09-04
ピョン子
あの中に100人も入れたんですね(゜▽ ゜;)
しかもブライダルができる会場だったとは・・・。
本当に知らないことだらけで勉強になりました。でも2時間も立食で結婚式かぁ~、疲れそう。
今じゃとってもムリだなぁ(^^;)

元カレですね・・・。きましたよ。
私の結婚式当日に彼が最近結婚したって事を第三者から聞かされ、微妙にショックだったのを記憶しています。
私の方が先に結婚して幸せになるつもりだったのにぃぃぃ~って。爆笑!!!

今は守るべき愛しい子供達がいるので、そんな事はど~でもいいこととなっていますが、懐かしいなぁ☆と昔を振り返ってみました♪




2007-09-04
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
\(≧▽≦)丿早速のコメントありがとございます!!
アハハ~。具体的すぎて久々にばか笑いしちゃいましたぁ…
近々、まんぞうのへりくつにも、お邪魔しちゃいたいと= (・_| 時期を狙っておりまする…。>ん~。ワタクシ的には、携帯の方が楽チンです。まぁ数々の失敗を乗り越えた結果…(乗り越え切れずに挫折したとかしないとか(>_<)
やっぱり、両の手でシュタタタタ。変換!!てのじゃないとイライラするんでせうか??




2007-09-04
端野 萬造
>ピョン子さま
 結構床面積はありましたから、100人くらいは楽勝でしたでしょう。それよりも当時の結婚披露宴というのは300~400の出席者が当たり前の時代でしたんで、「少なっ!」っていう印象だったと。

 500人超のに参加したことございますよ、ワタシ。今は亡き「迎賓閣」で執り行われたんですけど、まさにイモ洗いが如き状況。帯広の結婚式は全道的にも有名でしたね。

 結婚=幸せ、という図式がなければ結婚なんてしませんわねぇ、確かに。相手より早く「幸せ」になりたいなんて、若いというか微笑ましいというか。

 ある意味幸福な時代。

 懐かしさもひとしおでございますねぇ。




2007-09-04
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 特段の理由が無い限り、お一人おひとりに丁寧にできるだけ早くレスするのが端萬クオリティでございますよ。そのせいで、こんな心配を受けたこともございました。

http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&blog_code=121#comment9

 ↑、しかし、これもスゴイ記事とコメントの嵐だ。

 ばか笑いですか。ワタシ、最近ココロから笑えることがなくなってしまったのですが、代わりに貴女が笑えることができたのなら、それでよろしいかな、と。

 携帯での打ち込みのほうが楽な世代って、存在すんでしょうねぇ。時折しょーがなく、親指で打ち込みますがツライです。

 両手でシュタタタタタ、ぢゃないと思考が停止するココロ持ちになるものですからぁ。ワタシのカキコはじっくり考えたものではなく、瞬発的な発想の産物なんでペースが狂うのは嫌なんです。

 では、「へりくつ」でもお待ちしてますよ。ドコに突っ込んでも、からんでも、好きなことをカキコしていただいて結構。全て受けきってみせましょうほどに。






2007-09-05
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
( ̄○ ̄;)ハァ~。なるほどなるほど…。気になる方は、黙っては置けなかったんでしょうねぇ。ブログ上とはいえ、それほどまでに、心配されていると言う事は有り難い事でもあるのでしょうが…
人気者はツラいよ!!!ってなところでしょうか? (*‘‐^)-☆ 所でついでに、一つ質問が…おさるのかぐやさんへのレスの中に「ちゃぁんと付き合ったのは…」「ワタクシ的には…」のくだりがありますが、殿方の意識の違いってな所はどんなもんなんでしょうかね。まぁ、相手のある事ではありますが… チョイトお聴かせ願えれば…m(_ _)mと。 なぁんか、だんだん夢プラザから離れて周回軌道に乗ってきた心持ちでありまする。いつ帰還しようかしら…
  


2007-09-05
いくぽん @plala.or.jp
若かりし頃、ここでライヴやりましたねぇ・・・
いいお天気の日で、壁から、天井から(あまりないが)
入ってくる光で、スコアが読みづらかったり、
ミキサーのボタンに書いてある字が見えなかったり。
私がライヴやった数ヵ月後に私の弟もここでライヴ、
雨だったんですよ、やりやすかったそうです。
記事を読んで、そんな昔のことを思い出して
しまいましたσ( ̄∇ ̄;)




2007-09-05
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 人気者?! それは違うのでしょうね、当時も今も。「へりくつ」ですけど、「ワタシのカキコしたものが『なんらか』の理由で注目を集めている」っていうことでしてね。ワタシ自身が人気を集めているわけぢゃない。

 ここが著名人や芸能人のブログと圧倒的に違うとこでしてね。彼らは「人間そのもの」が注目されてるんであって、何カキコしたっていいわけです。どんなショーモナイことでも。

 ただ、それが『人気ブログ』として取り上げられるものだから、「ああ、あんなモノでいいんだ」と安易に同一視してしまう方々がいらっしゃる。「全然チガウンだって」

 コチラにお見えになる方は現実の「萬造」をご存知の方は貴女を含めほとんどいらっしゃらないハズ。単純にワタシのカキコに興味を持ってくださってる、ということですわね。

 そのうち、萬造自身にも興味を持つ場合もあるんでしょうが。

 さて、それではプチ・ママンさまの周回軌道とやらにワタシもご一緒させていただきましょうか。お望みの回答ができるかどうかはワカリませぬが。
(続く)




2007-09-05
端野 萬造
(続き)
 これ別にワタシというか男性に限ったワケではないと思うんですが。

 ある異性(同性もありか)に対して、余程嫌悪感のようなものが無くて、倫理的に自分で問題がない(基準は人それぞれ)、と判断した場合はデートくらいはするでしょうし、そのままドンドン肉体的関係までいっちゃう、というのはそんな珍しいことではないですよね。

 特に男性の場合、「恋愛とソレは別だ」と広言される方は少なくありませんし。女性だって黙っていらっしゃいますけど、ソウお考えになっている方は確実に存在する。

 ワタシが考える「お付き合い」は「お互いに尊敬できている」という部分に尽きます。なんだか「道徳の時間」みたいなハナシになってしまいますが。

 相手の要求ってものを感じることはあるぢゃないですか。人間の関係って「お付き合い」に限らず、「ギブアンドテイク」ってとこあって当然ですよね。

 相手がこうして欲しいんだな、と思ったら、たとえ発展性がないのワカっていても、応えてしまうってのは男性でも女性でもあるでしょう。

 でもそれは行為だけであって、「ココロから」求めている行動ではないわけですよね。そして、抜き差しなら無い関係に陥って後悔する場合もあるわけで。

 ということで、「行動するときは安易にせず、よく考えて、責任が持てるようにしましょう。特に肉体関係においては」という標語でしめてみましょう。




2007-09-05
端野 萬造
>いくぽんさま
 あぁねぇ。イベントスペースですから、ライブ会場としての利用もあったのでしょう。音響は全然駄目だったのでしょうけど。音が反射しまくりっていう感じ。

 夏の晴れの日でしたら最悪でしょうね。外からは照りつけるは、人の熱気だわ、音はこもるわ。かといって、冬場は寒いの目に見えてますし。

 利用が伸びず、なし崩し的に消滅していったのは、こんな理由もあったのでしょうねぇ。




2007-09-06
mari
萬造様のブログは記事もさることながら、
みんながお書きになるコメントもいいですね。

という私も地元ながら一度も足を運びませんでした。こちらで結婚式も出来たなんていうのも記憶にないです。
周りの風景に合わず、あまりにも異質すぎて
ミョーな建物でしたね。
パリのルーブルにあるピラミッドも異端児ですが、
あの石の建物の中に現代の融合という使命が
見えてますもの。まぁフランスの方々はどう思っているのかは謎ですが。
テーマが見えないものは、続かないですねぇ。




2007-09-06
端野 萬造
>mariさま
 このワタシの「小理屈」につきあえる方って、そんないないですよね。ましてやコメントをするとなりますとね。

 どんなコメントとレスが展開されているか、知れば知るほどカキコできなくなるか、或いはツッコンでみたくなるか。

 特にリアルのワタシをご存じなければ結構勇気がいりますでしょうね。だから否応無くコメントの質が高まってくる。

 そういった「覚悟」をワタシ理解できますんで、必死にレスするワケです。だからレスするだけで、ヘトヘトになりますからね。

 あぁ、記事カキコしなきゃならないのに。

 ルーブルのガラスピラミッドですか。較べるのもおこがましいですわね。しかし、いつもながらに秀逸な解釈をなさいますねぇ。

>テーマが見えないものは、続かないですねぇ。

 同感です。志がないものは人々にみくびられます。






2007-09-07
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
実は、私もこの春以降心から笑える状況に無く…それは、質問した内容にも一部関連した事でもあるんですが…ちょっと、ガラにも無く(?)ドツボにはまっちまいまして。。。(〃_ _)σ∥ 津波のような、好き!の感情と不安の間でウロウロと……。反応あると期待しますしね。ていうか、しちゃってましたし…制御不能!制御不能! (屮゜Д゜)屮 道徳の時間は、やっぱり必要ですよ…いただいた標語よぉく噛み締めさせていただきますわ。話し言葉では無く書いて文字にする言の葉、文章として記憶する言の葉…質問して良かったです。ありがとございます m(_ _)m
すこぅし、軌道修正して行けるかも…です。 で、アノ、やっぱり萬造さんは人気者ではないかと…実像?実態?そのものを知らなくても、内容を通してその人の人となりが出て来るのではないかと考えますが…。それは記事へのアクセス数都下茸では言えないのではないかと
またまた、長々済みません。関係ないですけど↑キノコの時期ですね。




2007-09-07
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 クスクス。そぉうですか。萬造の人生相談をご利用になられたワケですね。でも、答えは貴女自身の中にございましたでしょう。

 ワタシのすっとこどっこいな思考が混乱して見失ってしまった貴女の答えを導き出したに過ぎない、と思います。「津波のような、好き!」って、とても素敵な表現ですし、そういった純粋な気持ちは大切にしてくださいましね。

 ただし、方向性は誤らないように。

 もし人気があるのだとしたら、コメントが真摯で誠実だと認めていただいているからでしょうかねぇ。でも寂しい日常であることはカワラないですね。

 キノコ、好きです。椎茸、しめじ、えのき、エリンギ、マッシュルーム、マイタケ、マツタケ。なんでも、来いでございますわぁ。

 でも、茸取りの趣味はございません。ご馳走になるだけ。天婦羅がいいなぁ、ボカァ。




2007-09-07
maikyon
こんな立派な標語をかけるなんて…、

萬ちゃん、成長したなぁ~

ヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪




2007-09-08
mari
最初入る時、勇気要りました。
この言葉でずっこけたりしないだろうか?
みんなの足を引っ張ったりしないだろうか?
なんて考えた事もありましたね。
だけど、萬造様はちゃあんとその思いを感じて、
応じてくれたので、嬉しかったです。
ただ、ヘトヘトにもなりますよね。
ごめんなさいね、記事書こうとしてるのに。
新着記事も楽しみにしてますよ。
今日は彼が一日中あちこちの番組に出てました。
気合はいってますね~。

「卒業」と「黄色いハンカチ」かぁ…。
かつて、自分の現実にふとフィルターかけて、
そのシチューエーションをかぶせてみたくなるときも
ありました。
ただし、出所待ちの事実はないですからね(笑)




2007-09-08
端野 萬造
>maikyon師
 なめなめですね。負けませんからぁ。

 でもイッペンくらい、「肉体関係で安易な行動」とってみたかったなぁ。この年齢になると切実にそう思いますね。・・・ワタシだけか?!

>mariさま
 お気づきの通り、身体はソウ簡単に取り替えられません。我慢強いのも程度問題。身体の「声」を聴いてあげましょう。

 そう。緊張感を持ってコメントされるのは、ワタシにとって大いなる喜びです。美文ですとか、小洒落た文である必要はない。おもねて欲しくもない。サービス心とはまた別の次元。

 ワタシは正直な意見感想が欲しいだけ。自分の考えを押し付けるつもりは毛頭ないわけですし。ただ、掲示することによって自分の考察をブラッシュアップしたいのですね。そして自身の覚悟を確認したい。

 ワタシはワタシで別の意味で常に緊張しています。

 明確な意見表明をする以上、批判にさらされるのは覚悟の上です。それが公開の場で表現する場合の義務ですから。いまでも「ゲスト」や初めての名前でコメントいただくと動悸がします。

 彼に関する記事、なんだかワケワカンなくなってきちゃいました。

 ワタシ最近出所したばかりでしてね。あはははは。



2007-09-08
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
復活!!!「肉体関係で安易な行動とって見たかった」なぁんて想ってしまうのは、まんぞうさんだけぢゃあ無いでしょう…だって失楽園にしても、♪そ~の~手~でっ♪の愛流刑にしても、一部ではベースに↑の様な想いを持った男性からブームが起ったって聞いてますもの…。より大きなうねりにしたのは、マスコミとワタクシ達女性陣でしょうけどね アレ?マスコミと女性って、意外と太い絆で結ばれてる?ん~。




2007-09-12
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 失楽園もあいるけも、日経紙上で読んでおりましたよ。淳一せんせえは婦人公論でもトバしておりましてねぇ。

 えっと、なにをだっけ。





2007-09-14
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
(ノ-o-)ノ わたしの真髄…ってナニ?何の事でござりまするか? ライウ゛で観ても、ぜぇんぜん鬼気迫ってません事よ!!!自慢じゃないけど、角隠し被った事無いから、角は丸見えでしょうけど…おほほほほ… で、
あのぉ、何で端萬記の見出し『不倫』がテーマになったんですか?↑正しい名称を知らないので、一緒にご教授ください!
まぁねぇ、人でも物でも他人様のものに、手ぇ出して幸せにはなれませんわね!!!道徳で教えなくちゃ、やっぱダメなんでしょうかね…根本的な土台が、どっか変ですよ。うん




2007-09-14
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 真髄というのは貴女の「芸風」のことでございましてね。角出しながらカキコされてるワケでしょう?まさに「鬼」ではございませぬか。

「不倫反対!」はですね、特に意味はございません。この前の「恋人募集中!」が余りに評判悪かったものですから、やけくそで決めたようなものでございますね。

 なぁ~んてね。

 内田春菊先生がね、何かのあとがきで書いていらっしゃいました。あの先生、確か3回くらい結婚していらっしゃる。それはまぁいいんですが。

 「不倫は絶対いけないよ」というような主旨のことでしたね。それに触れた時にワタシ、いたく感心いたしましてね。

 いやぁ、本探してるんだけど記述が見つからなぁい。



2007-09-15
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
あっ!墓穴!しまった。ターバン巻かなくちゃ!!!内田春菊さんがですかぁ…独特の感性の方で、どちらかと言えば本能に忠実な方なのかという印象は持ってまして…立ち読みの域を超えた事はございませんでしたねぇ…。本、見つかったら是非教えてくださりませね!   私は、最近「裸で寝る事を始めたら、どのような経過を辿ろうとも、終わりに一歩近づくのを知っている」っていう文を読んで、妙に納得しましたねぇ。あ~感覚的には解るなぁ…こういう表現の仕方もあるんだなぁ…って。この本もフとした縁で、手元にあるんですが山田詠美…センセ?の本です。かなりな読まず嫌い王なので、山田センセはパラ見程度のお付き合いしかした事が無かったんですよね。かなり偏ってますですね。



2007-09-15
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
あっ!墓穴!しまった。ターバン巻かなくちゃ!!!      内田春菊さんがですかぁ…独特の感性の方で、どちらかと言えば本能に忠実な方なのかという印象を持ってまして…立ち読みの域を超えた事はございませんでしたねぇ…。   本、見つかったら是非教えてくださりませね! ぜぇんぜん、急ぎませんので…              私は、最近「裸で寝る事を始めたら、どのような経過を辿ろうとも、終わりに一歩近づくのを知っている」っていう一節を読んで、妙に納得しましたねぇ。あぁ、感覚的には解るなぁ…こういう表現の仕方もあるんだなぁ…って。知ってるから、行動しないか、というと、そうでもないんでしょうけど。( ̄―+ ̄) この本もフとした縁で、手元にあるんですが山田詠美…センセ?の本です。かなりな読まず嫌い王なので、山田センセはパラ見程度のお付き合いしかした事が無かったんですよね。かなり偏ってますですね。




2007-09-15
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 運悪くレス通知を受けちゃいましてねぇ。

 見つけてしまいました。「24000回の肘鉄」(マガジンハウス)。副題がサイコロジカル・オフィスラブ、でございます。

 少々長いけれど引用しちゃいますね。

 私が不倫をやめた理由<あとがきにかえて>
(前略)
 自分と一生一緒にいることを契約した男が、さっそく他の女と関係しているかもしれないということを想像するだけでも恐ろしくて出来なかった。過去に自分が妻帯者とつきあっていたからこその恐怖。こうして私は初めてものごとを両側から実感するという経験をしたのだった。その後当然ながら目出たく離婚、それから妻帯者とつきあったことはない。
(中略)
 まぁいいや、そんなわけなんで、今不倫の恋愛をしている人は多いと噂に聞くけど、不倫はあくまで不倫。他人の婚姻関係を壊そうとする、一応倫理的に言うと悪事なんだから、いい年してやるんならそこんとこわかってないとみっともない。子どもの振りしてわざとまわりの人間が傷つくほうに物事を持っていき、人が泣いたり怒鳴ったりするのを見ることで自己確認しようとするのは残酷なことだ。
(中略)
 てったってどーもこれが、自分で懲りるまでわかりゃしないんですけどねー。

 以上でございます。

 そーいえばワタシ、もう何年もパンツ脱いで寝ておりますわぁ。単純に気持ちいいんで、もう20年近く続いておりますねぇ。




2007-09-16
プチ・ママン @ezweb.ne.jp
う゛。やっちまいました…先ずは、ごめんなさい!!ρ(..、)     ホォ、そう来ましたかノーパン健康法ですな20年来とは、これ又年季が入ってますねぇ。(¬_¬)…地震の多い道東地方です故、くれぐれも災害時はお気をつけくださいませネ          …開放するって大事な事ですわね…心も身体も…お勧めはやっぱり、八千代かナイタイですかねぇ。V(^-^)V 
>知らぬ顔して澄ましていても、お天道様はお見通しって事でしょうか…。




2007-09-17
端野 萬造
>プチ・ママンさま
 ノーパン健康法についてググッてみましたけれど、ワタシがオモコしていたような理由で身体に良い、とは誰もカキコしていない?!

 睡眠中は、内臓が発熱することで自浄作用を行うんで、それを効率良く発散させるには下半身には下着を含め何も身に着けないほうがよろしい。

 ↑、というような根拠であったと記憶していたのですが。

 眼鏡とパジャマのズボンは常に枕元に置いてございまして、反応できるように訓練してございます。今のところ、ドナタにも迷惑かけたことはございませんね。
  


Posted by きむらまどか at 11:01Comments(0)創作・失われた街角

2012年07月08日

さよなら、マスター/T バード、ダストボックスそしてカズ

2007年7月29日(日) 01:11 ▼コメント(12)

 追悼記事です。緊急にアゲる必然性がありましたので。創作ではありませんが、『失われた街角』が適当と考えコチラにしました。

 現在どのお店も営業しておりません。

 cafe bar & restaurant T BIRD since1984
 足寄郡足寄町西町4丁目 定休日 曜日
 営業時間 11:00~22:00

 BAR DUST BOX
 帯広市西1条南11丁目山口薬品地下 定休日 第1・3曜日
 営業時間 20:00~28:00

 喫茶T BIRD2
 帯広市東3条南3丁目4-6 定休日 不明 営業時間 不明

 Maui CafeKAZZ
 (当初)帯広市西4条南10丁目19
 bar KAZZ
 (移転後)帯広市西1条南10丁目クボタビル2F
  定休日 不明 営業時間 不明

 メイン画像はTバードの全景。ご記憶のある方いらっしゃいますか。






 まだマスター(故大平一彦氏)の身体がこの世に残っているうちに、この記事をアゲておきたいと思いました。できうれば、生きている彼に対してこの記事を読んでもらいたかったし、もっと言えば、こんな記事書きたくなかったのですけれど。

 昨日の朝、新聞のお悔やみ欄で名前を見つけた時、ワタシは半信半疑でした。しばらく考えたあげく、同姓同名なのだろうと判断したりして。いや、そうしたかったのです。まず足寄の会社の取締役であったことは初耳でありましたし、享年がワタシの年齢と変わらなかったせいもあります。ワタシはマスターのことをもっと歳上だと思っていましたから。

 ところが思い直して別の新聞を確認してみると事態は悪い方向にはっきりしたのです。新聞に掲載されていたのは、間違いなくマスターの名前でした。7月26日午後3時3分前、マスターの命はこの世から失われてしまっていました。



 足寄にTバードという店があることは、タウン誌を通じて知っていましてね。三角屋根も含めて、真っ白なアメリカンハウス風な店舗ではカレーと鉄板スパゲティが名物。特にカレーは5倍から20倍まで辛さを提供していたらしい。


 2階にはビリヤード台もあって、というまさにトレンディーな世界を足寄という土地で展開していたのです。’84オープンというまだバブル時代に突入する前のこと。

 名物のカレーを試してみたくて、ワタシは気にしてはいたものの、結局Tバードと訪れることはできなかった。しかしTバード。やっぱり、サンダーバードのことなのでしょうか。



 ’88年の12月にダストボックスでマスターは帯広に進出。カジュアルなカクテルバーのハシリともいえる存在。この店から旅立っていったのが、バー・ストーンヒル(西2南10エルプラザ地下)で一世を風靡した石野マスター(名前正しかったかしら)。


 ワタシは何度もダストボックスを訪れました。基本的には一人で。この頃には決まった女性とお付き合いしていましたから、そのヒトと一緒にも何度か。洋酒のとのツキアイ方というものを学び始めたのは、この店が最初だったのかもしれません。

 個人的にもマスターと係わり合いが出来て、自宅を訪問したり、ワタシの結婚式にも来てもらったり。その時いただいたドン・ペリニオンは結局、結婚10周年を迎えた時に開けました。

 そして年代ははっきりしないのですけれど、平成に入ってからTバード2も開店。ここで、ワタシは伝説のカレーに出会うことができました。でも昼時しかマスターはいない、ということもあって、あまり足が向く機会はありませんでしたね。

 マスターが帯広をしばらく離れた時期があります。その間彼はハワイで店を開けていたと聞いています。その後帰国。かつて龍'S BARがあった場所にマウイバー・カズをオープンしました。

 ハワイアンテイストに溢れた店舗作りでしたが、基本はダストボックス時代と変わりませんでしたし、以前と同じようにワタシ自身も利用していました。余裕がある席数でしたので、人数がいて困った時には使える便利なお店。



 どんな客の要望にも、大概応えてしまうことができるマスターの技量や心遣いにワタシは信頼を置いていたからです。勘定も極めて良心的でしたし。店舗の位置が変わって、バー・カズになってもそれは変わりなし。


 それこそ数年ぶりで訪れても、変わらぬ笑顔で迎えてくれたものです。そして、キープしていたボトルを流すことを決してしませんでした。それがマスターの顧客に対する姿勢の表れだったとワタシは信じています。

 呑んだくれたり、急に無理ばっかり言うワタシにさえ与えてくれた優しさは、他のどの顧客に対しても平等であったはずです。決して千客万来というワケではありませんでしたけれど、常連客とマスターは信頼関係という絆でつながっていたのです。

 ですが、そのマスターはいなくなってしまいました。

 ワタシはこの数週間酒を絶っています。その事実とマスターの死は直接の関係はありません。けれど、どこかでつながっているのではないか、という念を禁じることができないのです。

 何年、あるいは何十年かすればワタシもこの世から消えることになります。そうなれば、またマスターにカクテルを作ってもらったり、酒の話しを聞く機会が得られるのでしょう。その日まで待っていてくださいますか、大平一彦マスター。

 ご冥福をお祈りいたします。






コメント(12件)


2007-07-29
ゲスト @octv.ne.jp
マスターの体調が良くないのは知人から聞いてました。そして、26日亡くなったと連絡があり、もうあの笑顔が見れないかと思うと寂しいです。
「体調が良くなったらまたお店やるんだ」と聞いて、再開を楽しみにしていましたが、叶うことなく残念です。




2007-07-29
端野 萬造
>ゲストさま
 生き急いでいたのかな、という気がいたしますね。

 お店というのは改めて述べるまでもなく、ハードではなくてソフトです。経営者の人柄、そしてお客で店の雰囲気が貌(かたち)づくられていくものですよね。

 今まで、失われた店をいくつか紹介してまいりましたけれど、経営者が生きている、あるいはスピリットを受け継ぐ人間がいるうちは復活が期待できますけれど。

 大平マスターの遺志を継ぐ方はいらっしゃるのでしょうか。そのことがまた残念です。帯広から佳店がまた失われてしまいました。

 喪失感としては、かつての名店バー・キャメルの閉店以上にワタシとしては大きいです。

 コメント、ありがとうございました。



2007-07-29
七誌 @plala.or.jp
私も一時、TバードⅡやDUST BOXには通ってました。

職場の先輩に教えてもらって、よくカレーやパスタ、大きなエビフライを食べた記憶があります。

料理やカクテルにはかなりの知識と技術をお持ちの方でした。

とにかく遊び心が好きな人でしたね。

新聞を見てひょっとしたら・・・と思ってましたが、やっぱり本人だったんですね。

亡くなった病名が知りたいです。



2007-07-29
二郎onTERANO
昭和から平成になるころで、しばれ町に住んでいたとき一時ビリヤードブームがありましたが、そのときに行った記憶があります。


2007-07-29
ai
私も一時期通わせて頂きました。

先日友達から訃報を聞き、病名を自ら公言し、
自分の身の回りを整理していったんだよと
聞いて皆で涙しました。
死は誰にでも平等に訪れる、けれど、それを迎えるのは
まだ辛いです。
ご冥福をお祈りいたします。






2007-07-30
ヤックル@八戸 @jp-t.ne.jp
現在青森県在住の者です。
常連の方からメールを頂いて知りました。
帯広に転勤したての頃にラグビーが縁でマスターと知り合い、KAZZに通わせて頂きました。
帯広に遊びに行ったら会いに行こうと思っていたので残念です。
ご冥福をお祈りします。



2007-07-30
よしえ @ezweb.ne.jp
Maui Cafe KAZZです。その後移転してbar KAZZになりました。
皆さんに知らせたい事があります。
店を閉める事になりますが、預かり物があります。ので、8/17(金)~19(日)の3日間、店を開けさせてもらいます。ボトルキープされてる方、されていない方も是非ご来店ください。ボトルは店で飲んでも、お持ち帰りになってもどちらでも構いません。みんなでマスターの話をしましょう。
帯広市西1条南10丁目クボタビル2F
bar KAZZ




2007-08-04
端野 萬造
>七誌さま
 あ、奇遇ですね。DUST BOXでは同席していたかも知れませんね。

 Tバード2(Ⅱ?)では、確かに大きなエビフライをカレーのトッピングにしていた時期がありましたね。どうしようかな、書こうかな、と迷ったのですが割愛しました。

 貴殿にご指摘いただいて、やはり印象深い一品であったこと、再認識いたしました。

 マスターにこの記事をどこかで読んでいただいて、ニヤニヤしてもらえればなぁ、といったココロ持ちです。

>二郎onTERANO
 しばれ町は隣町ですけど、それでも結構距離がありますね。当時帯広市内にも結構な数のプールバーがございましたよね。

 ワタシが憶えているのは大通南10丁目にあった桜館(サクラハウス)。4つ玉でしたね。

>aiさま
 なんと。aiさまはKAZZのほうでしょうけれど。ちゃんと連絡が入っていたのですから、ワタシよりも余程マスターに近いところにいらっしゃったのですね。

 若い世代にとっては、いい兄貴分といったところだったでしょう。誰からも頼られ、慕われていましたからね、マスターは。




2007-08-04
端野 萬造
>ヤックル@八戸さま
 よくコチラにたどりついていただけました。マスターが導いてくださったとしか考えようがありません。ワタシが訃報を確認することができたのも偶然でしたから。

 ラグビーがご縁だなんて。そんな一面をマスターが持っていたとは意外でございました。

 コメントしたいただき、ありがとうございました。

>よしえさま
 マスターに大変近い立場の方とお察しいたします。ご指摘、ありがとうございます。早速直させていただきます。

 先日、主なきKAZZに寄ってまいりました。告知文及び行灯はその時撮影したもの。

 是非お伺いしたいと考えております。こんなかたちでお会いするのは残念なのですけれど、これもマスターが導いてくれた縁なのでしょう。

 コメントありがとうございました。




2007-08-09
よしえ @ezweb.ne.jp
申し訳ありまはせん。訂正します。ボトルをキープしている方はbar KAZZまで取りにきてください。以上です。




2007-08-09
端野 萬造
>よしえさま
 大変なご様子よくワカリます。あの世でマスターが笑って見てますよ、きっと。


2007-08-19
端野 萬造
http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&bbs_code=352&res_code=284

 bar KAZZに行ってまいりました。
  


Posted by きむらまどか at 09:52Comments(0)創作・失われた街角

2012年07月02日

‘88『巨大迷路・幸福村』(アミューズメント)

2007年7月22日(日) 10:44 ▼コメント(16)


 これだけアゲれば、ひとつくらいオココロに触るものがあるかなぁ、と。

おびひろ巨大迷路幸福村
帯広市西19条南2丁目 現ショッピングランドいっきゅうさまの場所にございました。





 なつかしゅうございましょ。というわけで、珍しくマイとかちTOPにもブログTOPにもアゲてみましょうかと。

 本別にとうもろこし迷路なんてのもございましたね。2回チャレンジいたしまして、初年度は台風の後で大ぬかるみ大会。早々にリタイヤ。翌年はワタシ、長男組は見事にクリアしました。かちまいの一面に掲載されていた全景図まで持っていきましたから、当然か。それでも大変だったんですからぁ。あれが最後の年でございましたね。

 メイン画像はまさに巨大迷路の一部。もしかするとアナタが写っているかも。





「なーにやってんのぉ、早くいくわよー」
「はやくー」
 須美香と典子は、とても元気だ。持久力は女性の方に分がある、という説は本当だと実感する。
 ボクは充規と顔を見合わせるしかない。
「いくかぁ」充規が軽く屈伸する。
「そうだな」両手を腰のところで拡げた。
 たしかに、ヤル気がないのは、見咎められてもしようがない。疲れてるんだから。

 もともとは充規と典子のデート。それに須美香とボクが誘われたわけだ。充規とボクは高校のクラスメート。須美香と典子、そしてボクは職場が一緒。典子に充規を紹介したのが、ボク。まあ、そんな関係だ。
 十時から二時間、『自由が丘テニスコート』で汗を流した。炎天下、テニス部出身だという二人を相手にレッスンを受ければ、体力自慢の充規といえども、そりゃー大変。

 運動嫌いのボクともなれば、結果は見えてるってものだろう。それでも、トップスピンのさわりを知ることができただけでも、見っけもの。ヴィヨン・ボルグに一歩だけでも、近づけたわけだ。既に彼は一線を退いてしまったけれども、80年代初等のエースだった記憶は生々しい。



 昼食するのに『ぐるーびい』を選んで、ついつい、飲み物にバドワイザーをオーダーしてしまったことも、気だるさの原因かもしれない。一本だけにしておけば、良かったのだが。

 だとしても、もう十代とは違う。ボクと充規は二十四だし、須美香は二十三で典子は二十ニだ。底知れぬ体力と食欲と性欲は置き去りにしている世代。
 なのに、女たちはどうだ。体力の必要な巨大なラビリンス(迷路)を眼前にしてひるむ様子もない。むしろ、嬉々としている。「敵わないな」という表現が最適だろう。
 しかし誰が考え出したんだろうね、この設備。なんでも全国的に流行中で、あちこちにできているようだ。巨大な空き地の利用方法として、手っ取り早くてコストもかからないのが受けているのか。
 帯広あたりの地方都市では、無縁だけれど、なんてったってバブル時代。地上げしたけど、使い道が決まらない、とか建設屋が忙し過ぎて手付かず、なんてのも多いはず。

 先をいく、須美香と典子。ふたりについていく、充規とボク。なんだか、それぞれの関係そのまま、って感じ。まさに尻に敷かれてる状態。

 日曜日の午後ということで、家族連れが多い。子供たちは元気一杯で、ハツカネズミみたいに駈けまわっている。大滝詠一ロング・ヴァケイションがメドレーでかかっていて、夏の気分が盛り上がる。

 でも、ボクは盛り上がり切れない。須美香とのこと、どうしようか迷っているからだ。もともと、誘いをかけたのはボクのほうだ。綺麗、て言われることが多い須美香は一緒に歩いていても、自慢できる。そんなコ。

 でも、それだけだった。それだけで、十分、なんの不足がある、という価値観もあるだろう。若ければ、若いほどイイ、とか。ボクがそれではモノ足りなかった、ということ。須美香以前から、気になるコがいて、そのコへの思いが切れていなかった、ということのほうが、問題なんだろうけれど。

 このままだと、ずるずる須美香に寄り切られてしまう。最初は、それほど乗り気じゃなかった須美香。でも、近頃は彼女のほうがなにかと積極的。もちろん、そうなってしまったのは身勝手なボクの責任。



 巨大迷路は、ただゴールに到着するだけでは、真のコースクリアとはいえない。四箇所のチェックポイントを通過して、ゴールしなくちゃならない。
 元気な須美香と典子は、二箇所目までは楽々クリアした。充規とボクは引きずられるように、付いていくだけ。そこからが、きつい。なかなか、三箇所目に辿り着けない。元気だけでは、どうにもならない。

 相変わらず日差しは厳しい。汗で身体はベトついている。事態を打開しなくちゃいけない。ボクは提案する。
「もうさあ、リタイア出口、行くっきゃないでしょ」
「ダーメー」須美香と典子が一緒に叫ぶ。
「そんな、顔全部口にして、言わなくってもいいじゃない」充規も残念そうな口振り。

 とにかく広い迷路だから、当然回りきれない場合だってある。そのために、リタイア用出口が四ヶ所用意してある。せっかく、有効活用できそうだったのに。
(こうやって、押し切られていくのかな)
 ボクは嘆息しながら、また、腰のところで両手を拡げた。
                 (了)

コメント(16件)

2007-07-22
cask
ちょっと関係ないですが、18年も前チョッカイ掛けた女性が居ましたが、高校卒業後進学してそこで知り合った女性。可愛いなと思ったんですよ。

ちょっかいを出し始めた頃、幼馴染に久々に会いました。『お前の学校に○○って居るだろ?(○○はググっても出てきませんよ)それ、元彼女なんだ。』
私はソレを聞いたとたん心臓がはち切れそうになりました。元彼女って・・・
それから、彼女には申し訳ないのですが、興味が薄れましたね。
でも、向こうはどんどん、迫ってくる。
何だか申し訳ない気持ちになりました。

その後、まぁ1度くらいなら良いかと・・・
あとは想像に任せますww



迷路懐かしい!
迷路もそうだけど、25年前にあった中央公園のお化け屋敷も思い出しました。






2007-07-22
bonnhaha
おひさ~♪♪

巨大迷路があった頃は4,5歳の息子たちと、行きましたよ。小学生の甥っ子もいたし。
懐かしいですぅ。

だから、巨大迷路で青春ではなく、ほのぼの子育て日記のhahaですね。
ふ~ん、そうか~青い、にがい・・思い出ね。
あ、良い表現思いつきません(汗)



2007-07-22
おきがる
まだまだ、お子ちゃまな頃
ここの迷路で好きな男の子とデートしたっけ(〃∇〃) てれっ☆

淡い思い出・・・( ̄▽ ̄)o0○ ポアン






2007-07-22
千絵蔵 side by maikyon @dti.ne.jp
とうもろこし迷路・・・。

友人たち3人(といってもお付き合いしているふたりから、なぜか是非にといわれたお邪魔虫)と行って、会場入り口で向かえてくれたウサギのきぐるみちゃんに抱きつかれました。

なかなか離してくれなくて周囲は爆笑でした。

迷路はクリアしたと思っていますが、記憶は定かではなく、うさぎのきぐるみに抱きつかれてやたら暑かったことのほうが未だのこっています。(笑)



2007-07-22
いくぽん @plala.or.jp
この迷路、実は工事着工当時に関わりまして・・・
作る側だったんですよねぇ・・・(・∀・)
勿論、解体工事もやりました、図面も描きました。
そんで遊んだことはナシ。
妙な懐かしさが・・・






2007-07-22
maikyon
巨大迷路…、

もし女の子と一緒に入って、袋小路に詰まったら…、

うえっへっへ~狼に変身だっちゃ。

未だに人生の迷路から抜け出せない僕チンです。




2007-07-22
端野 萬造
>caskさま
 うぅん、巨大迷路よりも女性関係のほうにいってしまわれましたか。サスガ、でございますね。若い頃ってのは、ヘンなトコに潔癖な部分ございますわねぇ。

 どんどん迫ってくる、っていいですね。一度でいいから体験してみたかったものでございます。今のワタシでは固まってしまうばかりでしょうが。

 ソッチの意味ではなく。

 お化け屋敷については、ブイブイ言わせてた頃のおさるのかぐや彩優木さまが何か申していたことございましたね。

http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&blog_code=257#comment26

 あ、貴殿がフッた話題か。

>bonnhahaさま
 なるほどですねぇ。そういった記憶が残る世代も確実に存在いたしますわね。ふぅむ。

 子供の頃遊んだ、という層もお読みになっているかもしれませんねぇ。

>おきがる姐御
 まぁ、世代的にはワタシに近い、ということでございますねぇ。あ、そんなことないか。姐御はおくてのワタシと違って、デビュー早そうですもの。

 好きな男の子との想い出でで、よろしゅうございました。




2007-07-22
端野 萬造
>千絵蔵 side by maikyonさま
 おっ、とうもろこし迷路のほうですか。多分うさぎの着ぐるみに入っていたのは地元の方だと思うのですね。どさくさに紛れて、の行動だったのではと。

 アノ中暑いでしょうからねぇ。役得ということでしょうか。

 失礼いたしました。

>いくぽんさま
 ああ、そんな話しうかがった記憶が。巨大迷路施設建設に携った記憶のある方ってのは。貴重な存在でしょうねぇ。

 思い起こされるのは、太陽の日差しではなくて、ディスクのライティングということでございますね、きっと。

>maikyon師
 あの~、周囲を見渡せる物見やぐらが何箇所かに設置されてますんでねぇ。それでもコトに及ぼうとするなら、それはケダモノでございますねぇ。

 ラビリンスかぁ。


2007-07-22
いくぽん @plala.or.jp
萬造さま
デスクワーク(ドラフター作業)と、
工事業務(鉄筋切り)、構造計算書作り、見積もり、
ついでに「現場衛生管理士」の免許携帯での
現場管理でした・・・もう絶対やりたくないわ( ̄◇ ̄;)




2007-07-22
おさるのかぐや彩優木
一言だけ弁明させて下さい・・・
「ブイブイ言わせてはいない!!」

明日ゆっくり全部読みます・・・ww


2007-07-23
おさるのかぐや彩優木
やっとゆっくり読めましたww

まず、萬造様って本当に律儀で約束を破らない誠実な方ですよね。迷路の創作モノいつかあげてくれるって、しっかり覚えってて下さったみたいでありがとです。

GROOVYにテニスコートね。
いつも本当に青春時代のキーワードが次々出てきてそれだけでツボに入ってしまいます。

女は強いですかね?
萬造様もそうやって押し切られていったクチですか?

人生のチェックポイントかぁ・・・
私もまだまだ迷走中です。
目指してるゴールが本当にそこでいいのかも確信できないままねwwでも今は信じて悩みながら進んでみます。




2007-07-28
端野 萬造
>いくぽんさま
 すごいですわねぇ。おきがるさまも男性顔負けの資格をお持ちのご様子ですし、どこへ行っても食べていけるという。

 ゴクつぶしのワタシとはえらい違いでございますわぁ。羨ましゅうございます。マジで。

>おさるのかぐや彩優木さま
 「ブイブイ」ではなくて、ドンナだったんでしょお。

『一応弁明を。誰と行ったか忘れるくらい多人数とお付き合いしていたわけではありませんよ。
その当時にお付き合いしてたのが誰だったかの記憶が定かじゃないと・・・あんま変わんないかしら?ww』

 というのはどー考えてみても、「ぶいぶい」ではないかと。弁明されるとドツボにはまるから、この件には突っ込まぬほうが賢明かと。

 それもオモシロそーですけれど。

 お約束ねぇ。あとスネークマン・ショーのことも憶えております。今年中にはなんとか。

 人生のチェックポイントですか。それは全然意識してませんでしたぁ。もったいない遣い方してしまいましたねぇ。なんだ、そう言えばそうですよねぇ。

 人生の仕切り直しかぁ。う~~~ん。

 人生にゴールなんてないよね、考えてみれば。目指すものがあったとしても、たどり着く前に倒れてしまうものだろうなぁ。そういった意味で人間は「絶望」という悲しみを必然的に抱えつつ生きていかなくちゃならない生き物。

 ワタシってば、高校生みたいですね。



2007-07-28
いくぽん @plala.or.jp
萬造さま、誉めていただき、ありがたく・・・
でもね、7年前、母子家庭となって
2人のコドモを育てなければ!と
いきごんで職探ししてた時、な~んの役にも
たたなかったんですよ、これが。
「オンナ」だから・・・とは思いたくもありませんが。




2007-07-28
端野 萬造
>いくぽんさま
 それは意外なオハナシでございました。それだけの経歴をお持ちなのに業界に留まっていなかった、というのは事実でございますものね。

 現実はやはり厳しいものであるな、と。


2007-07-28
いくぽん @plala.or.jp
そうなんです
同じような思いをした方、現在、辛酸をなめてる方、
いらっしゃると思います

私の場合は「子供さんが病気の時、休むんでしょ?」が
面接時に一番聞かれた言葉でした。
これは母子家庭に限らず。
年がら年中うちの子、風邪ひいてるわけじゃありませんからっ!って
履歴書奪い取って帰ってきた企業も、
ありますよ。○○とか。○○○とか・・・
(・∀・)


2007-07-29
端野 萬造
>いくぽんさま
 基本的に企業経営者の方ですとか、人事担当者が男性ですからねぇ。徐々に変化はしてきていますよ。そう信じたい。

 こういった扱いをされた側は決して忘れないものですよねぇ。被雇用者=消費者という構図があることに企業側も気付かざるを得ない時代に入りましたから。




  


Posted by きむらまどか at 05:48Comments(2)創作・失われた街角

2012年06月03日

‘90『ヤングセンター』(スポーツ施設)

2007年6月1日(金) 21:15 ▼コメント(46)

 当初、「夏編」と「秋、冬そして春編」を分けてと考えておりましたが、意味がないので止めました。一気にアップしております。実は無用な記事数を減らす取組をしておりまして。さて、あと5記事。

ヤングセンター
帯広市西6条南6丁目 現帯広消防署の場所にございました。

 おきがる姐御には極めて不評創 作モノでございますぅ。

 しかもマイとかちユーザーの方々は、比較的古いものに対して冷 淡でございましてね。「お多福」さまを取り上げた時以外は反響がそれほどでもなくて。ディスコ・オデッセイで触れたジーンズショップGOEMONさまに関しては見事にスルーでしたもの。あれ、悲しかったんだよなぁ。

 作品全体が、「わたせせいぞう」なるもののパロディーなんですが、上手くイケてませんねぇ(苦笑)。



夏 編

「この時期になるとね」

 初夏には少し早い。帯広の陽射しはいまだ爽やかな感触を残している。フレンチレストラン『ラ・マルシェ』(西7南17)でランチ。

「時期になると、待ちきれなくなるんだよね、ここのビシソワーズが」
 正面のなつみが、小首を傾げて微笑む。白い液体に浮かんだアサツキの緑となつみのレモンイエローのスーツ。

(カンペキ……)

 歯に沁みるくらい冷えたスープを味わいながら、ひとりごちる。

(カンペキだ……)

 去年の今頃は先の見えない苦界を漂っていたというのに、なんという境遇の変化だろうか。なつみがボクのものになるのかも知れないのだから。
 この瞬間の色、音、気持ち。ボクの記憶に一生残したいと強く思う。ビシソワーズの味と共に。

 なつみを知ったのは、アイスホッケー・クラブ『しんちゃんズ』を見学に行った時だ。リンク上の練習風景ではなく、マネージャーのなつみの姿ばかり、追ってしまった。チームの慢性的な人員不足で誘われたに過ぎないボクだけれども、積極的にホッケーに関わる気分になった。それもなつみの存在があったれば、こそ。

 なつみが札幌の男と付き合っていることは、チームメイトの噂話から知れた。けれども、2人がいつ別離れないとも限らない。それから慌ててアタックしても、遅すぎる。恋は先手必勝だ。ボクは機会を待った。

 キャンセル待ちの1番にしてもらうべく、条件付きデートを申し込んだ。一昨年の師走、『しんちゃんズ』の忘年会。なつみとデートしたいばかりに取付けた、無茶で無理な約束。

「なつみさーん、15キロ減量できたら、デートしてくれます?」
「15キロも。本気なの? うふふ。いいわよ」

 なつみは反対条件を付けたりしなかった。ボクよりひとつ歳上の余裕と性格の良さが出たんだと思う。

 10ヶ月で、デートの資格を得た時の、なつみの驚きの表情といったらなかった。なつみのため、それもデートするためだけに、努力するなんて。80キロから65キロ。減量の苦しみを知っている人間なら、その過酷なチャレンジに呆然とするだろう。去年の今頃はその真っ只中だったのだ。

「もう少しで、(帯広の森アイス・アリーナ)の、リンク開きだね」

 デザートのキィウィ・シャーベットをスプーンで削りながら、なつみが言う。
ヤング(センター)がリンクに変わるのは、いつ頃だったっけ」
 デミタスコーヒーの小さなカップに口をつけながら、ボクはトンチンカンな返答をする。
 『ヤングセンター』とは、随分大胆な名称にしたものだ。今なら結構恥ずかしい。名称もさることながら、営業形態も特徴的。夏季の4ヶ月間プールで、残りの期間はアイス・アリーナなんて、民間ならではの発想なのかも。結局は運営しきれなくて、市営になってしまったのだけれど。

 背が伸びて、浅い幼児用プールから、一般用で泳げるようになった時は嬉しかった。民間運営の時は貸しゴムボートもあって、それに乗れなくなったのは寂しかった。
 大人になってからは、プールの利用は全くといっていいほど、無くなってしまったけれど。

 気付くと、ボクが一方的に喋っていた。なつみはシャーベットを食べながら、にこにこと相槌を打っていてくれる。

 去年のNHK杯Bプール第5部準決勝。新コーチ就任後生まれ変わった『しんちゃんズ』は、自信満々で森の第1アリーナに登場した。初めての準決勝進出に、メンバーは興奮していた。相手は女性チーム『御影レッズ』。前シーズン苦杯を舐めさせられた、宿命の敵。

 得点を与えないために犯したトリッピング・ペナルティ。それが敗戦の原因となってしまったことに、ボクは1年苦しみ、その汚名を晴らすべく試合に臨んだ。

 ところがミーティングになっても、キーパーが現れない。当然キーパー専用の用具がない。代わりを探そうにも、時間が足りない。
そしてキーパー不在のまま、試合開始。ボクを含めてチームメイトは浮き足立つばかり。

 フェイスオフ直後より、レッズは怒涛の攻めを仕掛けてきた。キーパーがいないことを意識すると、どうしても攻撃的になれない。後ろ、後ろと引いてしまい、彼女達を勢い付かせる悪循環。ゴール前の混戦に持ち込まれると防ぎようが無い。

 開始7分で、4点は致命的だった。




秋、冬そして春編

 キーパーが真っ青な顔で現れたのは、第1ピリオド終了5分前。チームは防戦一方で青息吐息。試合会場をヤングセンターだと思い込んでいたのが、キーパー最大の失敗。

 市内中心部の『ヤング』と帯広の森アイスアリーナは、どんなにクルマを飛ばしたって、20分はかかる。冬道なら、もっとだ。試合も大事だが、命はもっと大切だろう。

 会場の取り違いはまれに起こるミス。オフェンスやディフェンスの一人や二人抜けても持ちこたえられるが、唯一のキーパーとなるとそうはいかない。スコアは0―6となっていた。

 新任コーチの適切なアドバイスが功を奏して、その後立ち直った「しんちゃんズ」は逆転を果たす。スコアは7―6。時間切れ寸前、逆転のシュートを決めたのは、ボクだった。

 勝利のゴールも嬉しかったが、なつみが約束どおり、デートに応じてくれたのが、もっともっと、ボクとしては気分だった。

 最初のデートから数えて、今日で5回目。久々の映画。『グランドシネマ』(西4南9)を出て、広小路方向に歩きながら、なつみとボクはなかなか言葉が出なかった。足取りも、どこかふわふわしている。春のひんやりした夕風が頬に心地良い。

「おなか、空かない気、しない?」
「うん。なんだか、胸いっぱい」
「実は、ボクもなんだ」

 郊外でのディナーをやめにして、駐車場に向かっていた足先を変えることにした。『パブ・キャメル』(西2南10)の入り口への階段を昇っても、膝の感覚はあまりなかった。たぶん、なつみも同じだろう。

 映画は「ダンス・ウィズ・ウルブス」。インディアンと生活を始めるまでは、ワクワクして観ていられた。なのに、一族として受け入れられて幸せにならなきゃならないのに、それからは迫害される側にまわる。ここからはせつなくて、つらい。映画自体は素晴らしくて、全く問題はなかったのだけれど。

 なつみもボクも空腹を感じないのには、そんなワケがある。同じものを観て、感動を共有できる。なんて、素晴らしい関係だろう。
 時間が早いせいか、客はまだ誰もいない。二人ともカンパリ・ソーダをオーダー。一口飲んだら、不意に『ヤング』独特の匂いを思い出す。カンパリの苦味が、そうさせた。

「しんちゃんズ」に入るまで、すっかり『ヤング』にはご無沙汰していた。最後に訪れたのはいつであったかも思い出せないくらいに。
 就職したばかりの頃、一度だけ、リンクサイドに立ったことがある。当時、「アッシー君」をやっていたボクが女のコを迎えに行ったときのことだ。

 そのコはカーリング・チームに所属していた。ストーンを投げて、それをブラシでスウィーピングする作業をぼんやり眺めた。あんまんをかじりながら、たたずんだ。あの夜のわびしい気分とひんやりしたリンクの匂い。
 子供の頃、スケート紐が上手く結べなくて、友達によく置き去りにされた。一人、控え室でもどかしい思いをする自分。

(いつも、ボクはうまくいかない)

 カーリングのコは結局アメリカに行ってしまった。手紙が途絶えて久しい。
 黙ってしまったボクにうながされたように、なつみが口を開いた。

「わたし、カレと別離(わかれ)ちゃった」
「……。そうなんだ」
「なーんか、色々あって。疲れちゃった」
「後がまに立候補させてもらえるのかな」
「うふふ。わたしのことだけ、考えてくれる?」

 最初の、15キロ減量の条件付デートを約束してくれた時のような気楽さだ。ボクは選ばれたって、ことだろう。嬉しさで叫びだしたくなる。こんなチャンス逃すわけには、いかない。

 なつみはチョコレート・ケーキ。ボクは2杯目のカンパリソーダ。とりとめのない会話で時間が過ぎていく。
「酔いざましに、蕎麦でも食べたいな。付きあってよ」
「ラーメンにする。いいお店あるの。私がオゴルから」
 なつみの笑顔。こいつに賭けてみたい。そう、決めた。

                 (了)

コメント(46件)




2007-06-01
ぶー
おぅー!?萬造さまも創作っすかΣ(-∀-;)∟!
私もココで創作書き始めた身。勉強させて頂きますm(__)m




2007-06-01
端野 萬造
>ぶーさま
 この作品は一昨年、コミュニティ・アイに掲載したものでございますぅ。ご笑読くだされい。

 失われた街角シリーズでは、今は亡き物件、店舗を主題に創作するのが主眼です。極めて不評ですけど、自分が書き残したいのでめげずにアゲるという。






2007-06-01
ぶー
コミュアイ掲載っすか!?

羨ましすぃ(´∀`)ホワン・゜




2007-06-01
端野 萬造
>ぶーさま
 原稿料はボランティア。読者の声は届けてもらえない、という状況でも「羨ましすぃ」と思いますぅ?

 よっぽど、マイとかちで発表するほうがヨロシイですね。






2007-06-01
ぶー
ウッ………(-_-川)






2007-06-02
いくぽん @plala.or.jp
じゃここで発表して読者の声をストレートに・・・

現在はない建物や店、施設を舞台にすることで、
見えてくるものが必ずありますね。
同時に、私にはできない・・・と感じました。
しかし、萬造さまの作品に登場する男性は
憎めない性格してますね。

続きが楽しみです♪




2007-06-02
端野 萬造
>ぶーさま
 ま、コンナ扱い受けるのはワタシくらいのものでしょうが。

>いくぽんさま
 とはいいながら、最近アクセス数に反比例するようにコメントが減っています。読者の声、は感じられなくなっていますね。

 ワタシがしておきたいのは、ただ人々の記憶から消え去ってしまうのが惜しい、とただこの一点だけ。検索かけても、納得いく情報が得られないので、ならばワタシが、ということです。

 続き、ねぇ。ラストが最悪。






2007-06-02
おさるのかぐや彩優木
私は「失われた街角」シリーズ大好きですよ~。
ちょうど萬造様と同じ時代を生きてきてるからかな?
出てくるお店の名前がドツボに入りますww

しかも今回はヤングセンターですか。
まさしく、森へ移行するその時代に
私もあるアイスホッケーチームのマネージャーやってたんですよ。
ですから今回のお話しは、え?私?(自意識過剰ですww)
こんな素敵な恋物語ではなかったですけどね。

「キャメル」のチョコケーキは私も飲みに行くと必ず食べてましたね。
先日c氏にそのケーキの話をしたら、わかってもらえなくてちょっと寂しかったですww
女性は飲んだ後も甘いもの食べたくなりますからねぇ。

ラ・マルシェが思い出せそうで思い出せないんだよなぁ・・・一日ひっっかかりそう(笑)




2007-06-02
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 おぉ、ツッコミ期待の星でございましたよ。「キャメル」はいいお店でしたよねぇ。もうちょっとスイーツが充実すると、現在のchillが近くなるのかな、と。

http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&blog_code=137

 「ラ・マルシェ」はこのあと移転致しました。「ル・マルシェ」は確か現在の南商近くに新築いたしましてね。パトロンが「ジャングル・ジャップ」さまでしたから、アノ頃勢いがございました。

 あの建物。K.dogsさまも出てしまわれたご様子ですから、どうなっていくのやら。本格的フレンチレストランとして、天井が高くて雰囲気あったのですけれど。

 アノ時代では、まだ帯広には馴染めなかったということでございましょうねぇ。すこぉし、早すぎましたし、客を引っ張るだけの仕掛けに欠けていたということでしょうね。

 「ラ・マルシェ」が好調だっただけに残念な結果でございました。






2007-06-02
七誌 @plala.or.jp
萬造様、これって半分くらいは実話じゃないですか?

思わず真剣に読んでしまいました。

ヤングセンターは私も幼少のころから夏も冬もオヤジによく連れられてスケートと水泳に勤しんでいました。

減量は学生時代、試合のため91キロから78キロに10日で落とした記憶があります。

だから余計に興味深く見入ってしまいました。

続きが・・・円満ではなさそうですね。

でも観て見たい。

・・・・私の実家に「さよなら、ヤングセンター」だか書かれたヤングセンター最終日の建物の写真が飾ってあります・・・・オヤジの青春だったのかもしれませんね。






2007-06-02
おきがる
萬造さん
お( ̄ー ̄ )ノ は( ̄ー ̄)ノ よっ(  ̄ー ̄)ノ

おきがるに不評・・って(ゲラ)
最後まで、ちゃんと読みましたよ!

やっぱり苦手だわぁ~(笑)

でも、ヤングセンターの事は思い出した。
おきがるもヤングセンター世代だもの(o^^o)ふふっ♪

小学生の頃、クラスの男女数人で
バスに乗ってヤングセンターに行った事も思い出した

その男子の中には、おきがるの好きな男の子が居て
でも、その子は おきがるの仲良しの女の子の事が
好きだったんだよなぁ~~~

子供心の恋の思い出だわ( ̄▽ ̄)o0○ ポアン






2007-06-02
cask
ヤングセンターナツカシス
バスに乗って、大通り5丁目のやおふく商店前で降りまして、ヤングセンターに通ったものです。

10/10体育の日がリンク開きだった気がします。
帰りに、お腹が空いて美味くないイズヤの長っひょろい真っ白なクリームの入ったパンをよく買ったものです。赤いパッケージのヤツ。
マジ美味くなかったけど、何にもなかった。
よつ葉の自販機でコーヒー牛乳買ってね。
小学生時代を思い出しました。


私も15キロ減量であの子にデートを申し込もうかな。
その前にあの子を探さないとw






2007-06-02
おさるのかぐや彩優木
そうそう、ル・マルシェならわかります!
移転した後の場所には行ったことありますよ~。
あーすっきりした!(笑)

「chill」はまだ未体験ですので、今度チャレンジしてみたいです。教えてくれてありがとうです。

「鳥肌実」ネタが出てきてたのに笑いました。
さすが萬造様ですね~。
ライブこそ言った事はりませんが、その名前は存じておりますよ。
誰かが好きだと言ってて、何者だろ?といろいろ調べてたことあったんですよね。

今となってはその誰かが誰だったかも忘れてるけど・・・ww
でも、久しぶりにその名前見て一人ほくそえんでました。なんか萬造様とはシンクロしてて楽しいです。




2007-06-02
端野 萬造
>七誌さま
 なにか重なる部分があったご様子。モデルというか、モチーフなった部分はございますけれど創作に間違いありません。

 学校のプールやリンクが使えない時期はワタシもよく利用しました。特に授業でプールは年一回は使うンですよね。

 減量しなきゃならないって、格闘技系をおやりになっていたんですか? それにしたって、91から78キロというのは、相当ですよね。1日1.3キロ。断食したってそんなに減りませんから、相当過酷なトレーニングですね。

 このストーリーの続きが円満であるかどうかは、作者のワタシですらワカっておりません。

 お父さま、ヤングセンターの関係者だったのですか?

>おきがる姐御
 あら、お辛いのに無理して読んでいただけたのですね。ありがとうございます。でも、読んでよかったでしょ?

 ヤングセンターに関しては、小学生時代に姐御のようなご記憶(特に女性)ある方は多いのでしょうねぇ。特に今回姐御が吐露されたのは、「ありがちな」エピソードでございますねぇ。

 お話を伺って、なんかワタシの胸までキュンとしてしまいました。






2007-06-02
七誌 @plala.or.jp
萬造さま、当時の減量は人に言えないくらいの事をしておりました。

2日くらいで7~8キロ落ちるんですが、それ以降はもがき苦しむだけで殆ど落ちなくて・・・苦しくて眠れなかったことを思い出します。

勿論、今は出来ませんがね。

でも結果が着いて来たので納得しております。

昨年から数年ぶりに現役復帰を目指して、その格闘技を頑張っております。

この年で現役復帰はあまり考えられませんが、やるからにはキッチリやりたいと思います。

ところでヤングセンターは・・・今もあると思うのですが、OSSCにチョコッと入ってたことがあるんです。

その関係でよく行ってました。

オヤジはヤングセンターの関係者とは全く無関係です。

自営業ですから・・・

なんか自分のことばかり書いてスイマセン。

続き・・・お願いします。




2007-06-02
端野 萬造
>caskさま
 やおふく商店。真鍋薬局と若松湯の間にあった店ですね。なるほど、幕別方面からのバスが通る道でございますものねぇ。

 でも、アスコからはヤングセンターまで結構ありますよね。それは大変だなぁ。

 イズヤさまのパンねぇ。選択の余地なし、ってのが当時の気分でございますよねぇ。ワタシ、ココナッツを使ったパン、結構好きでしたぁ。

 あの子ですかぁ? まずは、キャメルのチョコレートケーキを思い出さないと駄目でしょうねぇ。おほほ。

>おさるのかぐや彩優木さま
 なるほど。「ラ・マルシェ」をご存知ない分だけワタシよりお若い、ということですわね。まぁ、加齢臭ヂヂィと同じワキャないか。

 chillはともかく、鳥肌実さまをオモシロがれる感性というのをお持ちになっているという方はかなり少数なのでは、と睨んでおります。貴女はドッチ?

 ワタシとシンクロしてるだなんて。「そゆこと言うと、殺すぞ」って言われちゃいますよ(笑)。






2007-06-03
いくぽん @plala.or.jp
ヤングセンターは懐かしい・・・
もうありませんものね

遊泳中の、あの「休憩時間」を思い出しましたよ。
10分くらいだったのかなぁ・・・

「失われたシリーズ」
萬造さまと同世代なのでかぶると思います、私も。
彩優木さまと同じ、シンクロしたりして・・・
殺さないで




2007-06-03
端野 萬造
>いくぽんさま
 「休憩時間」なるものがあったような気がいたしますねぇ。

 「そゆことゆうと殺すぞ」はジョージ秋山の名著「デロリンマン」の登場人物で「独裁者ノーリターン(デロリンマンの息子四郎)」の決め台詞でございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3




2007-06-03
端野 萬造
>七誌さま
 短期間の減量で落ちるのは、ほとんど水分ですからネェ。「飢餓的ダイエット」は短期的に効果はありますが続きませんし、身体がオカシくなるでしょうね。

 まさに力石徹の世界。ジョーには勝ったんでヨカッタ、といえるンでしょうか。ボクシングのトレーニングには興味あるのですが、殴り合いはドウモ。

 貴殿が復帰されるのが、ボクシングであるかドウカはワカリマセヌが。

 続き、ですか。申し訳ないのですけれど、このハナシにはもう興味がナインですよ。なんでしたら、貴殿が続きをヤラレては。






2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
鳥肌実、久しぶりに見ても面白がれました。
ってことは少数派なのかしら?

「スネークマンショー」の記事も密かに楽しみに待ち続けているのですが?(笑)
いつか書いて下さいね!

殺されるのは・・・やっぱ困るか?(笑)






2007-06-03
cask
>>萬造様
そういえば、ソネビルの1階にとんかつのみしながありましたっけ。
そそ、真鍋薬局に若松湯。
現在、西に移転した幻想が、長崎屋の前に西2南5で営業してましたっけ。広小路にもありましたねぇ。

ヤングセンターは当時、リンクの清掃車を見るのが楽しくてねぇ・・・
民間だったのは知りませんでした。

カンパリソーダってのが当時結構流行ってようですね。今は頼む人も減ったでしょう。


>>七誌様
帯広スピードスケートクラブ、弟が入ってました。
冬は音更の国見山のところにリンクを作ってましたね。竹刀で叩かれながら滑るんですよね。




2007-06-03
端野 萬造
ユーザーにより削除されました






2007-06-03
cask
>>彩優木様
http://www.youtube.com/results?search_query=%E9%B3%A5%E8%82%8C%E5%AE%9F
トップブリーダー推奨42歳厄年、結構うpされえますよ。


>>萬造様
彩優木様とは同着、写真判定に持ち込まれた感です。

DOOMO様、噂では私の中学の先輩だとか。
行った事ないんですがね。美味しいとか、そうでもないだの色々評判聞きますが、自分で確かめなくちゃね。

幻想は、西に移転してからは、かなり集客してるそうですね。場所ってやはり商売では大事なんですな。

うちの親が、電信通りは大通りから東に行っちゃダメって言われました。
東2条で発砲事件があったんでしたっけ。

また思い出したんですが、私が小5くらいですから24.25年前に中央公園でオバケ屋敷がありました。

段々と子供の頃の記憶が蘇ります。
塾通いしてた頃の中心部。インデアンカレーが280円だった頃、藤森の旧店舗の外に水槽があったこと、ハラ電気の中に喫茶店があった事、もう、キリが無いww

竹刀で叩かれながら滑ってるのを見て、自分はosscには入らないって決めたのでしたww




2007-06-03
端野 萬造
>caskさま
 チャット状態のコメント合戦、と非難を浴びそうですが「内容」のレベルが違いますからいいでしょう。

 鳥肌実の自己紹介。まだ、ロードしきれない。時間かかるなぁ。

 DOOMOさまは同じ中学の先輩で間違いないでしょうね。お魚は石井さまでございますし。ラーメンがね、イケるんですよ。混んでるトキを狙っていくと大変な目に遭いますから、午後1時半以降がいいんでしょうねぇ。

 電信通関係は、影響が想像つかないのでコメントは差し控えさせていただきます。ハハハ。

 ハラデンキエコー店にあった喫茶店の名前はなんていいましたっけね。






2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
>>cask様
あらま!さっきは気づきませんでしたが同じ時刻にコメント入れてたんですね~。
写真判定で勝ったのですね?
同じ時間というのも単純に嬉しいかも♪

自己紹介、見ました!やっぱり笑える。
完全にイッちゃってますよね、このシト。
普段はどんな感じなんだろ?

中央公園のオバケ屋敷、なんかのイベントぢゃなかったでしたっけ?
私もそこでデートの記憶アリ(誰とかは忘れたww)

>>萬造様
関係ないけど今のいっきゅうの辺り?に巨大迷路もありましたよね?

DOOMO様、美味しいですよね?
官公庁関係でお昼時はいつも混んでるみたいですね。
私も久しく行っておりませんが・・・。

殺すより殺されたい願望の方が大きいです。
(同じく意味不明ですねww)




2007-06-03
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 明日の記事の仕込みをダラダラとしておりますもので、コメント付くとキヅイちゃうんですよね。

 おばけ屋敷に誰と行ったかは忘れた、というのはその当時あまりにもオツキアイが多くて、としか判断できませんがいかが?

 いかに印象が薄い相手だったとしても、ツマンないオバケ屋敷よりもさらにツマンない人間って、そうはいない。だって、デートを受けるくらいなんですもの。

 オカモトがやっていた巨大迷路に関する創作はコミュニティ・アイで発表済みです。7月か8月頃のアップを予定しております。

 DOOMOのご主人は、ヒロミGO系の方でしてね。皮パンツが似合うという。

 「殺すより殺されたい願望」。それはほとんど「アイルケ(愛の流刑地)」の世界では。危険ですわぁ。






2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
仕込みの邪魔をたびたびしてしまい申し訳ありません!

一応弁明を。誰と行ったか忘れるくらい多人数とお付き合いしていたわけではありませんよ。
その当時にお付き合いしてたのが誰だったかの記憶が定かじゃないと・・・あんま変わんないかしら?ww
いずれにしても失礼ですよね、ごめんなさい。
でも、つまんない人と付き合った記憶はないです!
(弁明になってないですね・・・)

あらま、迷路の創作も楽しみにしていますね。
私もあの迷路で、昔の彼と出逢うという小説みたいな体験をしたことがあるもので・・・

愛ルケね。こちらにも書きましたが、私はたとえ自分が死にたくても、愛する人を殺人者にはしたくないです。
どちらかというとM気のほうが強いって事でしょうかね?どちらにしても危険ですね。ww
http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=saiyuuki&blog_code=125






2007-06-03
ゲスト @octv.ne.jp
この記事にコメントされた方は、昔、あそこにあんな店があったなぁとか、そこでの思い出をコメントしたいと言うのが主だと思うのですが・・・。

萬造様のご職業は、自営業者と関わり合いを持つようなご職業なのではと、ブログの内容から想像しておりますが、もしそうなら

味噌をつけただの、拍車をかけただの(おそらく萬造様には冷静な表現なのでしょう)、というような
表現でその店の変遷までひけらかす萬造様のコメントには違和感を感じます。ご職業柄、色々な情報をお持ちなのは分かりますが。

私は、その店の経営者の人となりを知っているから余計に私情が入っているのも認めます。

商いを営んでいたら、紆余曲折があるのは当たり前、
当たり前だから何でも書き込んでよいのかといえば
そうではない気がします。無くなってしまった店ではなく、今現在、努力して営業している店なのですから。

コメント書き込みをした相手から、店の変遷などの話題を振ってきた場合は別かもしれませんが、
萬造様から進んで、個店についてあのような表現するのは余計な事ではないかと思います。




2007-06-03
端野 萬造
 ええっと、コチラのレスはここから6コメ遡ったトコにあったものです。ゲストさまのご指摘により適切ではない、と判断した部分を削除して掲載します。

 当初は時刻8:20でした。

>おさるのかぐや彩優木さま
 鳥肌実がオモシロかったと。そりゃあ、少数派間違いございませんでしょう。賢夫人は全くウケツケませんから。美容室は1848さまに変更すべきでしょうね。

 「スネークマンショー」ね。忘れてはいません。お約束いたしましょう。「今年中」には記事にいたします。

 死なばもろとも、でございますよ。(←意味不明)

>caskさま
 コメント、タッチの差で彩優木さまに遅れましたね。何秒差だったのか。

 ソネビルにありましたね、みしなさま。珊瑚という喫茶店もございまして、そこの厨房から独立されたのが「料理店DOOMO」さまでございますよ。

 カンパリソーダは、今でも食前酒として頼みますね、ワタシ。好きなンですよ、あの苦味が。

 竹刀で叩かれながら滑る、にはワラタ。




2007-06-03
端野 萬造
>ゲストさま
 ご指摘ありがとうございました。興味を持って市内の店舗動向を見守っていれば、誰でも理解できる程度の事実と認識しておりましたが、削除することにいたしました。

 ご理解いただけないかもしれませんが、ワタシは基本的にどのお店も経営者の方も大好きです。件のお店に関しても、経営者ご夫妻のことは存じ上げております。息子さんのことも。

 事実は事実として記したまで。揶揄するつもりは毛頭ございません。支援する気持ちがあって、現在の店にも出かけております。それだけは申し添えておきましょう。

 むしろ成功例として記したツモリだったのですが、「余計」といわれればその通りでございますしね。ひけらかす、には堪えました。ワタシの記事はソンナのばかりですから。

 今後もご指導宜しくお願いいたします。




2007-06-03
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 まぁ、そんなワタシの憶測発言、真に受ける必要はございませんわぁ。一生懸命指折り数えてる様が目に浮かぶようでございます。お会いしたことはございませんけれど。うふふ。

 昔の恋人に偶然出遭うなら、メイズよりもラビリンスのほうが気分ですわね。恋の行方を見失った二人がラビリンスで再会を果たす、なぁんて具合ですかぁ。

 ああ、そうでした。「愛ルケ」ご覧になったンですものねぇ。渡辺淳一先生をただのスケベオヤジと喝破されたお知り合いは大したものです。

 ただのスケベではない、とワタシ思うのですが。

 冬香は確かにエゴイスティック。悦楽の絶頂で愛する人に命を停めてもらいたい、というのは本人にとっては最高の死に方。

 それを楽々口に出せる、というのは女性なら絵になるという点に尽きる。男性の場合、体力的にその瞬間逝ってしまうというのは、たまぁにあるハナシですわね。

 やっぱり危険ですぅ。






2007-06-03
七誌 @plala.or.jp
萬造様・・・そうですか、続きはないんですね。

結末は私の空想で終わらせておきます。

私はボクシングはやったことありませんが、10月の試合に向けて稽古とトレーニングに勤しんでおります。

怪我しないように頑張ります。

ところでDOOMOの醤油ラーメン・・・美味しいですよね。

ラーメン屋さんでも充分通用する味です。

caskさま、弟さんがOSSCで頑張っておられたとは・・・

国見山で夜8時頃まで、雪が降ってもマイナス20度でも弱音を吐かず竹刀で叩かれながら皆で頑張ったことを思い出します。

凍傷になる人もざらにおりましたから。

ひょっとしたらcaskさまの弟さんと一緒に滑っていたかもしれませんね。






2007-06-03
cask
>>萬造様
私、中学時代、○大練成会の選抜されたコースに通ってました。その後全く選抜された意味が無い事に気づかされました。塾なんかより、遊びに夢中ですもの。
下降線を辿り現在のダメな状況に至ります。

そそ、その時代ですねハラ電器様は抜け道だったんですよ。
駅の地下のたこ焼屋、そして立ち食い蕎麦、2階のゲーセン、良く行きました。

店は思い出せるんですが、道が思い出せなくてね、駅前の開発される前の姿がどうも思い出せない。

http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CHO-77-49&PCN=C8B&IDX=21&PNO=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,41,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52,53,54

ここの400dpiを押してください。
S52年の中心部の空中写真が出ます。

これはチャットですかね(;・∀・)ハッ?
昔の帯広を語ってるという事でセーフでは?


>>ゲスト様
非アカウントで良く内容が見えましたね。






2007-06-03
cask
>>彩優木様
Mですか、私Sなので相性が・・・(・∀・)ニヤニヤ


>>七誌様
弟はS51生まれ。
被ってますかね?
今じゃスケート人口も減りましたねぇ
スケートを脱ぐと足が痺れ過ぎて感覚が無いって事も多々ありましたね。


>>萬造様
そそ、先日に富士山麓800円台でテキサスに売ってました。言いましたっけ?



2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
チャット状態で、萬造様に迷惑かけたとしたらごめんなさいね。

cask様の教えて下さった空中写真凄いですね!
今とは明らかに屋根の色合いが違う!
かろうじて実家も写ってるかも?です。

ラビリンスでの再会はお互い違う連れがいて、それぞれが挨拶もせず、こっそり気付いてたかも?
というちょっと切ない想い出です。
萬造様の作品はどんな風に仕上がっているのか、首を長くして待ってますね。






2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
>>cask様
今度は1分差で負けましたね(笑)
確かにcask様はSの匂いが・・・ww
あまりイヂないでくださいね、お手柔らかに。

ちなみにそれ多分過去にも言ってますよww



2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
↑イヂめないで・・・の間違いです。

みっけ!ww
http://www.mytokachi.jp/mt.php?id=kabamaru_7&blog_code=254






2007-06-03
cask
>>彩優木様
こんな感じでどうでしょうか。

http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CHO-77-49&PCN=C10B&IDX=26&PNO=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,41,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52,53,54,55,56,57,58,59,60,61,62


http://w3land.mlit.go.jp/cgi-bin/WebGIS2/WC_AirPhoto.cgi?IT=p&DT=n&PFN=CHO-77-49&PCN=C9B&IDX=24&PNO=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,41,42,43,44,45,46,47,48,49,50,51,52,53,54,55,56,57,58,59






2007-06-03
おさるのかぐや彩優木
すご~~~~い!!
自分の家も友達の家も発見できました。
当時の記憶が鮮明に蘇ってきますた。
そうそう、田舎で空き地だらけだったんですよね。
ちょっと感動・・・ありがとうございました。




2007-06-04
端野 萬造
>七誌さま
 そーいえば、久しくDOOMOさまにおうかがいしていない。行くと大概ジャンボラーメンか、毎月のお勧めメニューにしてしまうんですよね。

 氷点下20℃で竹刀。弱音吐いてないのに、なぜ叩かれるのか。おっかないよぉ。

>caskさま
 選抜コースねぇ。帯広に出てきた時点で負け、なんぢゃないでしょーか。でも、ダメ、ではないと考えますが。

 ステーションデパートは、2階の飲食店街やゲーセンは懐かしいですね。アノ頃からのお店が数軒残っているというのが、また。

 空中写真。国交省もオモロイことやってるのですな。しかし、どんなカメラでどーやって撮ったんだろう。なんでブレテないんだろう。不思議ぢゃ、フシギ。

 テキサスさまには週一で通っております。富士山麓は在庫を切らさないように補充しております。安定して安いのがテキサスさまですね。グラスが溜まってしまいました。

>おさるのかぐや彩優木さま
 迷惑は掛かりませんけれど、御気を遣わせてしまったようで、申し訳ありません。でも、ボヤ見学のせいか、アクセスは伸びてしまいました。前々日の記事なのに。

 ワタシのはラビリンスというよりも、メイズでポン、という感じのへたれ作品です。とても甘酸っぱいなどというシロモノではございません。






2007-06-04
cask
とりあえず、皆様にも空中写真を知って貰おうと、うpりますた。
空中写真は日本全国見れるわけで、何のために何故にこんなお金の掛かる事をしたのか不思議でなりませぬ。


キリン麦酒が支店を釧路から帯広に移しました。
これ、テキサス様の影響もあります。
飲食店はもちろん釧路より帯広の方がビールが売れてるんです。
それよりも、量販店の力ですな。釧路に店舗も構える帯広のスーパーの影響。
テキサス、フクハラなどもあるので、支店を帯広に移したほうが良いと考えたのでは。
他メーカーも追随する可能性大ですな。

そういえば、ミルキーウェイなんて歩道橋もありましたな。
あそこを自転車を押すのがキツかった。




2007-06-05
端野 萬造
>caskさま
 空中写真。うぅん、まぁ都市計画のためなんでしょうねぇ、名目は。まぁ、今となってはほとんどグーグルアースで見ることができちゃうわけですが。

 当時、この画像はドッカの国に流失したんぢゃないでしょうか。

 支店移転。ほうほう。人口が増えるのは喜ばしいことです。天気が良くて、喜んでいらしゃるのでは。札幌も近いし。

 ミルキーウェイね。高架前にありましたね。結局一度も使わなかったなぁ。今の駅は自転車で構内横切っていくのはツライ雰囲気ですわね。



2007-06-05
cask
都市計画なのに、農村地帯まで写してます。
本当に都市計画だけなんでしょかね。
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/78/cho-78-13/c6/cho-78-13_c6_21.jpg
日高山脈、野幌岳付近です。
こんなの、普通は撮らないでしょう。
クマまで写ってそうな勢いですよ。


釧路って、官公庁の出先が多いですよね。
どうなんでしょう、公の機関は帯広には移らないんでしょうかね。
どんなに人口減少しても釧路支店、帯広営業所でしょうか。いや、民間と違って、帯広に移ることはまず無いでしょうな。




2007-06-05
端野 萬造
>caskさま
 まぁ、都市計画の都市には農村も含まれるのでしょう。ドンナ山中だって、計画次第では都市ですからぁ。

 官公庁の出先が釧路問題。かつての勢いと地勢的な問題があるのでしょうね。なんせ広いですからぁ、道東は。






2007-09-20
おさるのかぐや彩優木
つい3ヶ月ほど前の事なんですよね。
この頃は楽しかったなぁ・・・なんてね。

小ネタ女王?とお褒め頂いたのでwwこんなの見つけました。
鳥肌実の解析機による「端野 萬造」の解析結果

端野 萬造の54%は池田大作で出来ています
端野 萬造の39%は株式会社ヤマザキパンで出来ています
端野 萬造の4%は演説で出来ています
端野 萬造の3%は海軍陸戦隊で出来ています

ですって。あんま面白くなかったかな?
ごめんなさい!




2007-09-22
端野 萬造
>おさるのかぐや彩優木さま
 ふるぅい記事にコメするものだから、モバイル版ではタイミングずらしてしまって読めませんでね。何をおカキになったかと思えば。

 ヒジョーにメランコリックな状態に陥っていらっしゃるご様子。だぁれが貴女をこんな状況に追い込んだんでしょうねぇ。

 「みんな知ってるぞ。○○○さまのせいだって」

 というわけで、ワタシもアカウント停止が近いのかな。ほほほ。今回の一件について、管理人さまは黙殺モードに入られたご様子。

 「一部の」過激で「迷惑な」ユーザーには消えて欲しいというトコでしょうが、ワタシは老練。そんなヤワではありませぬゆえ。

 鳥肌実解析機。「ざんねんっ! 斬りっ!」でございました。「また、教えてくださいませねぇ。ごきげんよぉ」

 ↑は東芝日曜劇場「スウィート・ホーム」で毎回出演されていた事情通の方の決めセリフでございました。↓、「スウィート・ホーム」また観たいなぁ。
  


Posted by きむらまどか at 21:44Comments(0)創作・失われた街角